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 その晩、グリエルモ達はソフィア共々ヴィレオンのホテルへ身を寄せる事となった。既にこの大連星諸島には他の兄達が潜入しているらしく、余計な接触により問題を起こさせないためである。勝手な行動をするなとソフィアには言われているため泊まる事にグリエルモは難色を見せたものの、眠ったままのソフィアを介抱する義務が我々にはある、とヴィレオンに説得され已む無くそれを了承した。
 馬車を走らせ着いた先は、都心にある一軒のホテル。その区画一帯を私有地として買い上げた壮観な風景は、傍目からも如何にも高級店である事が分かる佇まいである。その敷地内を正面玄関まで馬車で向かう風景をグリエルモは子供のように窓へ張り付いて堪能し、そんな姿をヴィレオンは微笑しながら眺め、エミリアルはあえて見ぬようにと目を伏せ続ける。エミリアルはグリエルモが普通の人間として解け混むことに少なからず無理を感じており、むしろその方が好都合と言わんばかりなヴィレオンの落ち着きように不安を隠せないでいた。このグリエルモを当たり前のように連れているソフィアの感覚がとても信じられなかった。
 正面玄関の前では、支配人と数名のホテルマンが丁重に出迎えた。しかしヴィレオンと一緒に馬車から現れたソフィアを抱えるグリエルモの姿に、一体何事かと驚きを見せる。
「ヴィレオン様、お連れの方でしょうか? 何やら御加減が優れぬ御様子ですが」
「二人を遊覧船に誘ったんだが、彼女は船酔いが酷くてね。たまたま飲んだ酔い止め薬が効き過ぎて眠ってしまったのだよ」
「左様ですか。後ほど何か冷たいものをお部屋へお持ちいたしましょう」
 そのままエミリアルの先導で案内されたのは、意外にも二階にある一番奥まった部屋だった。最上階の広い部屋を想像していたグリエルモはいささか拍子抜けする。
「どうしてこんな低い部屋なのかね? もっと金はあるだろうに」
「いざという時に、高い階の部屋では逃げられないからですよ。それにここのホテルには同じ名義で他に部屋を四つ取っていて、それらを転々としています」
「ふむ、君の兄弟はそんなに慎重にならねばならぬほど手段を選ばぬのか」
「念のため、という事です。何事も」
 通された部屋は予想していたよりもずっと広い部屋だった。ただそう見えるのは、グリエルモが今まで高級なホテルに泊まった事が無く、これがこのホテルでは当たり前の水準であるというせいもある。
「エミリー、ソフィアさんを寝室へ。目が覚めるまで世話をしなさい。後の手筈は先に話した通りに」
「はい、かしこまりました」
 エミリアルはグリエルモからソフィアを受け取り寝室へ向かう。それをグリエルモが名残惜しそうに見送り、その姿にヴィレオンは口元を綻ばせる。
「さて、グリエルモさん。これから我々だけ移動します。ソフィアさんの事はエミリアルに任せますので」
「ここに泊まるのではないのかね?」
「ええ。明後日に我が父であるヴォンヴィダル公が大連星諸島にいらっしゃるので、先に準備をしなくてはなりません。兄上達にも挨拶をしなくてはなりませんし、ここへ戻るのはその次の日となるでしょう」
「しかし小生、運命の人と離れるのは……」
「事が済むまでは、むしろ離れていた方が安全ですよ。下手にかかずりあっていると、いざという時に人質にも取られかねませんからね」
「うむ、そうかもしれないね。馬鹿な身内というものは何をするか分からないからね。それに、離れることで育まれる愛もあるよね」
 そしてグリエルモはヴィレオンに連れられ、ここへ来た時の馬車へ乗り再び移動を開始する。馬車は都心を離れ海岸線の方へ向かっていた。おそらく、身分が身分だけにあまり目立たない場所へ滞在する予定のようである。
「グリエルモさん、この先は基本的に私と行動を共にして頂きます。それから私の指示にも必ず従って頂きますので」
「それは構わんが、竜は気位が高いから従っては逆に不自然だよ? ああ勿論、一般論だがね。小生は竜ではないから」
「では、同好の士という事にしましょうか。お互いの音楽性に引かれ合う者同士、見えない部分で共感したと」
「おお、それはいいね。如何にも音楽家らしい響きである」
 よほどそのフレーズが気に入ったのか、満面の笑みを浮かべるグリエルモ。気に入ってくれたのならばそれで良いと、ヴィレオンも同調するように微笑んで見せた。
「では、この先の事について大まかに説明します。明後日の晩にヴォンヴィダル公との接見が予定されていますが、その前にまず解決しなくてはいけない課題があります」
「それは何かね?」
「明日、ヴォンヴィダル公以外の身内だけで顔合わせを行います。そこで課題をクリア出来ていなかったり明らかに偽物と分かれば、ヴォンヴィダル公と接見する事は出来ません。要するに、ヴォンヴィダル公へ失礼の無いよう篩にかけるという事です」
「なるほど。しかし問題だね、君の馬鹿兄は偽物を立ててくるのであろう? それを見破らねばなるまいか。いや、小生も偽物には違いないが」
「そうなりますね。ですが、グリエルモさんとの比較ならば問題は無いでしょう。たとえどれだけ精巧な偽物を立てようと、グリエルモさんの本物以上の演技にかなうはずはありません」
「うむ、君は良く物事の分かる人物だね。まあもっとも演技だからね、演技。君は良い人だから、貰った物の分の働きはするよ」
 そう高らかに笑うグリエルモ、対するヴィレオンは普段通りの笑顔のままだった。だが、指先が微妙な苛立ちで落ち着きを無くしている。ようやくヴィレオンにも、グリエルモの奔放な態度に対する人間らしい反応が表に出始めて来ていた。