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 グリエルモの言い放った一言は、二人を凍り付かせるには十分な衝撃だった。おそらく、決してばれるとは思ってもいなかったのだろう、それをグリエルモにあっさり言い当てられた事が信じられないとばかりに呆然と立ちすくむ。しかし、手配書の銀竜は決して物怖じしないと書かれているのか、すぐさま二人は自力で我に返りどうにか二の句を絞り出す。
「失敬だね、君は。これは地毛である。それに薬品の匂いではなく香水の香りだ」
「竜族は身なりには非常に気を使うのだ。仮に君もグリエルモを名乗るなら、それぐらい気をつけたまえ」
「身だしなみは大切だが、竜は猿のように変なものをつけて喜んだりはしないよ。ところで君達、名ぐらい名乗ったらどうかね。もうこちらは名乗ったというのに。失敬な猿だな」
 先ほど自己紹介は済ませたはずだが、聞いていなかったのだろうか?
 しかし、そこにこだわっては相手のペースにはまってしまう。露骨な挑発的な言葉も癇に障るが、二人はそれらの懸念から意識を逸らし萎縮しながらも自己紹介を始める。
「む……これは失礼。小生、名をグリエルモと申す。いずれは世界的な音楽家になる予定だ」
「小生も同じくグリエルモ、得意とするのは、そう、愛を語る歌である」
「名声なくして愛とは笑止千万、真の音楽とは大衆に共有されてこそのものだよ」
「愛とは一人に向けられてこそ燃え上がるものだよ。大衆的な考え方は戴けないね」
「それも明日には白黒決着がつくこと。君の音楽観はそれからゆっくり拝聴するとしようか」
「こちらこそ。さぞかし愉快な弁舌を聞けるのであろうな。小生、戯曲も好むものである」
 二人とも同じくグリエルモを名乗り、それぞれ共通して音楽を持ち出す自己紹介。そして非常に良く似た口調で言葉を交わし始める。するとグリエルモは初め困惑の色をうっすら浮かべるもののすぐに態度を急変させ、眉間に深い皺を刻み込んだ。
「ヴィレオン君」
「どうかなさいましたか?」
「何故こいつらは小生の名を騙るのかね? 口調やら真似をしているようだが、ひょっとして馬鹿にしているのかね? 小生に似てはいるが、ここまで間抜けではない。侮辱するならば竜族の掟に従い、半殺しにしなければならぬが」
 グリエルモの口調が、昼間の会合とそっくりな殺気を帯び始める。そして微かにグリエルモの体からはみしみしと骨の軋むような音が聞こえ始めた。ここで正体を明らかにしてはならぬと、慌ててヴィレオンはグリエルモをなだめにかかる。
「申し訳ありません、グリエルモさん。銀竜の特徴は私だけでなく、兄上達にも同じ情報が伝えられているのです。グリエルモさんによく似ているのは、その情報を元にして探したからであって、決して侮辱している訳ではありませんよ」
「ふむ、とにかく君達、人をおちょくるのはやめたまえ。小生、非暴力主義者故、殺生は行わぬ。されど故郷には五体満足で帰りたいだろうに」
 辛うじて怒りを収めたグリエルモだったが、最後に威嚇するかのような強い殺気を込めて二人を睨みつけた。その目は既に元の姿に戻りかけており、二人は爬虫類のそれに良く似た細長の瞳孔に睨まれ、驚きと恐怖で言葉も出せず立ちすくんでしまった。
 その様を見てしまったヴィレオンは慌ててグリエルモの側へ駆け寄ると、そのまま広間の外へ肩を押していく。
「さあ、グリエルモさん。挨拶も済んだことですし、部屋へ向かいましょう。今日はお疲れでしょうから」
「何を言うのかね。これから小生の音楽会であろうに」
「いえいえ、それは明日です。皆さんもお疲れですから、もうお休みになるそうです」
「まだ宵の口だというのに。歳は取りたくないものだね。では皆、また明日」
 そのまま畏怖と軽蔑の入り混じった冷ややかな視線に見送られ、逃げ出すように二人はその場を後にした。
 一同はしばらくの間じっと声を潜め二人の足音に聞き耳を立て、完全に付近から遠ざかったのを確認するなり安堵の溜息と共にざわつき始める。そしていつになく深刻な表情で、声を潜めながら険しい様子で話し込み始めた。