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 午後三時。天気も良く風も吹いていないため、昼食会に引き続いてお茶会と称した選考会は中庭にて執り行われた。幾つかの諸派ごとに分かれた円卓のそれぞれに親族一同が並び、その中心に一回り広い円卓が置かれ、この会合の中心である六人が着席する。
 ラヴァブルクとボーンディルンは、後継者争いをしているとは思えぬほど落ち着いた様子で席に着いている。おそらく最初から二人は結託していて、ボーンディルンは当主を譲る代わりに何らかの見返りを得る約束をしているのだろう。そしてラヴァブルクはヴィレオンの立てる銀竜候補をほぼ手中に収めているため、次期当主の座を確信している。
 そんな二人の一方で、ヴィレオンは言葉反応共に薄く、表情には暗い影が差している。更に意外なのは、グリエルモまでもがヴィレオンと同じ調子で得意の暴言もすっかり形を潜ませている事だった。ラヴァブルクはそれを、二人の間で何かやむを得ない妥協をしたためと見、自分の思惑通り事が進んでいるとほくそ笑んだ。
 後継者候補のそんな雰囲気を察する親族達は、昼食後に何かしらの動きがあったのだと囁き合う。もしかすると、既に確定しているのかもしれない。そう期待に胸を躍らす者も少なくなかった。
 落ち着きのない空気の蠢く最中、ラヴァブルクはお茶に二口ほどつけ十分に間を取った後、出来る限り何気なさを装って話を切り出した。
「さて、ヴィレオン。まず最初にここで話しておく事があるそうだが?」
 来た。
 ヴィレオンは一度高鳴った心音を押さえ、ゆっくり大きく息を吸って吐く。僅かに手は震え続けていたが、それは緊張よりもいつになく沸き立つ闘争心によるものの方が大きい。
 ラヴァブルクにそんな話をした覚えはない。だがこの遠回しな言い方は、自分は自発的に銀竜をラヴァブルクへ譲ると、そう言わせようとするための圧力である。予め決めていた期限は関係がない。それだけ自分は優位な立場にあると思っているのだ。
 それが思い上がりであると、徹底的に思い知らせる。
 冷静さと相まって全身の血が冷たくなっていく感覚があった。しかし意気込みは一層強く燃え盛っている。恐れる事は無い、ジョーカーはこちらにあるのだ。そう自らに言い聞かせ、自ずと締まる喉を広げた。
「ええ、大兄上。あなたに大切なお話がありますが、皆さんにも聞いていただきたい」
 颯爽と席を立ち鋭い口調で宣言するヴィレオンに周囲は瞬く間に緊張に包まれ、一斉に視線をヴィレオンへ集める。彼らとラヴァブルクが自分へ求める言葉は異なってはいるものの、その視線の熱さにどちらも声にしなくとも伝わってくるようだった。
「これより行う選考についてですが、資料との突き合わせなどはっきり言って時間の無駄でしかありません。そこで今この場で後継者を暫定的に決定する最も単純な方法を提案したい」
 その予想だにしなかった言葉に声を上げたものは一人二人ではなかった。思わず立ち上がり怪訝な表情を浮かべる者さえ少なくはなく、場の空気がたちまち不穏な喧騒感に包まれ始める。
 ヴィレオンの提案は周囲に大きな衝撃を与えた。暫定的にしろ、ヴォンヴィダル公が決定する前に後継者を一人に絞り込んでしまうなど、ただただ恐れ多いの一言に尽きる。そればかりか、提案者のヴィレオンは三兄弟の末弟であり、本来ならば最も後継者からは遠い位置の者である。この後継者争いの様相は元より、更に波乱をもたらし不当に引っ繰り返しかねないこの提案で得するのはヴィレオン唯一人である。そんな事が到底認められるはずも無いばかりか、こうも図々しい主張をするヴィレオンの神経が知れない。親族の視線は非難の一色でヴィレオンへと注がれる。
「何を言っているのだ、ヴィレオン。選考のやり方に不満でもあるのか?」
「ヴォンヴィダル公は最も優秀な者を後継者とする御考えです。ならば、物事の効率化を提案するのもまた一つのアピールとなりましょう。無駄は極力省かれなければなりません。特に無粋な無駄は」
 そう満面の自信で答えるヴィレオンに対しラヴァブルクの表情はにわかに曇った。ヴィレオンの性格から、開き直りとも取れそうな強硬な態度を予想していなかったのか明らかに驚いている。
「何を考えているかは分からぬが、意見があるなら申してみよ」
「それではお言葉に甘えて」
 ヴィレオンへ注がれる視線は侮蔑さえ込められている。だが、親族の冷たい視線がこれほど心地良く感じるのは生まれて初めての事だった。見下されている方が面倒が無く気楽で良いとばかり思っていたが、こういった状況ならば上から見下ろすのも悪くはないと思う。
「それでは、まず最初にお訊ねしますが、兄上達は自らの立てた銀竜候補者は本物であると、そう御思いでしょうか?」
「何を馬鹿な。それは当然であろう。偽者を立てヴォンヴィダル公を謀る訳がない」
「馬鹿な事ではありません。本物である自信が無いのであればば御辞退されれば良いだけの話ですから。その分、ヴォンヴィダル公を煩わせる事も無くなります」
「自信がなければ、今頃ここにはおるまい。辞退とはここへ現れない事ではないのか?」
「そういう考え方もあります。しかし、本物の銀竜は一人しか存在しないにも関わらず、この場には候補三人、つまり偽物が二人おります。初めから偽物だと見抜けなかったのであれば、そこまでの器量。しかしヴォンヴィダル公を謀るつもりであるなら、それは事前に阻止せねばなりません」
「では、どのようにしてその偽者を区別するのだ? 当然、皆が納得する方法があるのであろうな」
「ええ。とても簡単なことです。後継者候補は他の銀竜候補と一戦交えて戴けば良い」