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「どういう事かね、ヴィレオン君。いいから説明したまえ。ああ、ソフィー。一体どこに行ってしまったんだい? ヒック!」
 時折口元をいびつに変貌させるほど苛立つグリエルモを、ヴィレオンは普段とは違ってなだめる事もなく、ただ緊張の色だけを浮かべている。ヴィレオンは何も語る事無く、支配人に用意させた部屋へグリエルモを伴って入った。部屋はこのホテルでは平均的なものだったが、ヴィレオンはカギをかけるなりすぐさま部屋中のあちこちを虱潰しに何かを確認し始めた。ヴィレオンから何も説明を受けていないグリエルモは、そんな意味不明な行動に走るヴィレオンへ更に苛立ちを募らせる。
「いい加減にし給え。猿が竜に這い蹲るのは結構だが、今はそんな状況ではないだろうに。ヒック!」
 それでもヴィレオンは構わず何事かの確認を続ける。壁を叩いて反響を聞き、カーペットを剥がし床板の下を晒し、天井裏までも念入りに目を光らせる。まるで何かを探しているような仕草だったが、グリエルモにはそれがソフィアの失踪と関係するとは到底思えなかった。
 しばらくしてヴィレオンは部屋中を確かめた後、大きく溜息をつきながらソファーへ深々と腰を下ろした。すかさずグリエルモはその正面にあるテーブルに腰掛けヴィレオンを睨む。既に感情の抑えが綻び始めているのか、口元からは長い牙が覗き目は爬虫類のそれに変異してしまっている。とても事情を知らぬ者には見せられない容貌だ。
「さっさと説明したまえ。君はさっきから何をしているのかね? 早く犯人を半殺しにヒック!」
「ええ、分かっています。けれど、相手が相手ですから、これまで以上に慎重にならなくてはいけません。ひとまず、この手紙の内容から御説明いたしましょう」
「そんなのは面倒だ。小生、ソフィーの残り香を辿って居場所を突き止めてくれるヒック! ええい、しゃっくりが目障りで香りが辿れないヒック!」
 再び示した件の封筒をグリエルモは憎々しげに睨み付ける。とうにグリエルモの思考には複雑な事情などというものは微塵も無く、ただヴォンヴィダル公がソフィアをどこへ連れ去ったのかを突き止める以外に自分の行動を決められなかった。そんなグリエルモの行動は把握済みのヴィレオンは、まずはグリエルモを落ち着かせる事が寛容だと溜息をつく。
「この手紙の差出人はヴォンヴィダル公です。本人の署名もあるので間違いありません。私は幼い頃から筆跡は目にしていますから」
「君の親父殿はこれから来るのではなかったのかね? ヒック!」
「そのはずだったのですが、昨日にはもう大連星に到着していたようです。初めから極秘で進めていた予定でしょう」
「まあ、痴呆老人の行動などいちいち説明は要らんよ。で、何故ソフィーが連れさらわれなければならんのかね」
「どうやら私達三兄弟は、ヴォンヴィダル公にまんまとうまく使われたようです」
「何がかね? ヒック!」
「ヴォンヴィダル公は、初めから銀竜を探し出すことが目的だったのです。まったく、これでは後継者の話も初めから嘘だったかも知れませんね」
 深く溜息をつくヴィレオンは、珍しく刺々しい雰囲気を覗かせていた。それは苛立ちというよりも、むしろ呆れ果てて失望に近いより強い感情だった。
「手紙には何とあるのかね? ヒック!」
「予定に変更はありません。これから港に向かいます。そこには既にヴォンヴィダル公の船があり、我々を待っているそうですから」
「なるほど。ならば、早速そこへ向かって半殺しにするとしよう。ヒック!」
 それで済むならば大した事ではないのだが。ヴィレオンは口元を押さえて視線を落とす。
 ヴィレオンはこの状況を軽視してはいなかった。表向きの予定を繰り上げ、このホテルにエミリアルとソフィアが滞在している事を突き止め連れ去る。昔ながらの軍人気質のヴォンヴィダル公がこんな手の込んだ事をしていながら、一言素っ気無く港へ来るようにと手紙に残しているのはあまりに不自然だ。ソフィアを連れ去り居場所を記せば、すぐさまそこへ怒り狂った銀竜が乗り込んで来る事は目に見えている。手紙もわざと素っ気無く書いたのも、港へ来る以外の選択肢を作らせないためだろう。つまりヴォンヴィダル公はこちらを誘き寄せたいのだ。
 銀竜そのものに好奇心があるのは理解出来るが、わざわざ怒り狂った銀竜を呼び寄せる意味が分からない。銀竜が乗り込んだ時点でどうなるのか、想像が付かないはずはないのだ。しかし、どう考えてもこの状況は、ヴォンヴィダル公があえて怒った銀竜と会いたがっているようにしか思えない。
「さあ、行くぞヴィレオン君。ソフィーが醜悪な老猿の手に渡っているとは、想像するのもおぞましいからね。ヒック!」
「ええ。しかし、一つだけ気になる事があるのです。何故、ヴォンヴィダル公が後継者争いの課題に銀竜を選んだのかです」
「憧れであろう。猿は弱いからね、強いものに憧れるのは必然である。ヒック!」
「ですが、竜ではあまりに危険が大き過ぎる。単純な跡目問題なら、もっと別な課題でも良いはずです。私にはむしろ、銀竜を本当に見つけ出したいのは別の誰かのように思います。ヴォンヴィダル公は古いタイプの軍人ですから、強い者を兎角好みます。そこを利用して、銀竜の存在を使ってそそのかし、ヴォンヴィダル公を使って銀竜を誘き出した可能性も」
「君が何が言いたいのか分からんし興味も無いがね、そういう事は殴れば分かる事だよ。『殴れ殴れ、さらば嘘吐きは口を開くー』ヒック!」
「……少しは考えて戴きたいのですが。ソフィアさんだけではありません、私もエミリアルを囚われているのですよ?」
「御愁傷様だね。小生、今は不埒者を半殺しにする事で頭がいっぱいなのだよ。ヒック!」
 やはり考えるのは完全に自分の役割か。ヴィレオンは額の奥に一瞬走った疼痛に微苦笑する。