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「分かりました。挑戦させて戴きましょう」
 すると、早速グリエルモが口を挟んだ。
「小生、非暴力主義者である。君と取っ組み合いをするつもりはないよ。やりたいならそこの柱に自分で頭をぶつけたまえ」
「そう言えばそうだったな。おい、銀竜の連れの娘」
「何? 呼んだ?」
「こちらからもそれなりに報酬を用意するつもりだ。どうにかしろ」
 途端にソフィアの目の色が変わった。ラヴァブルクが最後まで言っていないにも関わらず、即座に意図を汲み取り損得勘定を終える。
「グリ、相手してやんなさい」
「何故だい? 小生の主義に反するのだけれど」
「ただのお遊びよ。相手をひっくり返したらそれで勝ちだから。まさか私の言うことに逆らわないよね?」
「まあ……それならいいよ。うん」
 いかにも気の進まなさそうな様子だったがソフィアには逆らえず、グリエルモはマンドリンを置きラヴァブルクの方へ進み出る。今のやりとりにラヴァブルクは、ここまで騒ぎを起こしておきながら今更なにが非暴力か、と眉をひそめたが、銀竜はこういう自分勝手な思考をしているものだと納得させ深く考えないよう努める。
「武器は何を使っても宜しいですね?」
「ああ、好きにせい。なんなら、わしの戦斧のスペアを貸してやっても良いぞ」
「いえ、私はこれで十分」
 そう言ってラヴァブルクは上着の中から一本の短剣を取り出した。見かけもごく普通のありふれた形で、何か特性があるようにも思えない。そんなものを取り出したラヴァブルクに一同は首を傾げた。ヴォンヴィダル公があの巨大な戦斧で何度も打ち据えたにも関わらず傷一つ負わなかった銀竜相手に、ただの短剣一つで挑むのはあまりに無謀である。三兄弟の中で最も武芸に長けているはずのラヴァブルクとは思えない愚挙だ。
 対するグリエルモは、構えられた短剣に微動だにしない。一般人なら刃物を向けられただけで少なからず警戒するものだが、グリエルモには一切そういった考えは無かった。体表が強靱である銀竜が故の鈍感さである。
「大兄上も大きく打って出たものです。確かにヴォンヴィダル公でもかなわなかった銀竜に、勝つとまでいかなくとも傷一つでもつければ、それだけで万の武功に匹敵しますからね。ですが、何もあんなもので挑まなくとも」
「見栄張ってんじゃないの? 弟に負けたと思われたくなくて」
「だと良いんですけど」
 そう呆れた溜息をつくヴィレオン。一方でエミリアルは複雑な表情をしていた。ラヴァブルクはヴィレオンにとって政敵であるが、無謀な自殺行為を黙認するのも気が咎めたのである。
「ヴィレオン様」
「エミリー、それは仕舞いなさい。大兄上が危険になるまで待つのだよ」
「あ、また物騒なの持ってるわね。でも、それ使ったってグリには無駄よ。刃物だって利かないんだから」
 ソフィアにはグリエルモが負けるどころか、傷一つ負う光景すら想像が出来なかった。あれは人間に見えても全く異なる生き物である。試したいという興味までは否定しなくとも、見返りに自分を窮地に晒すことをソフィアは理解出来なかった。分かりきった事をあえて行うのは子供と同じだからである。
「もしかすると面白い事になるかもしれないですよ」
 するとその時、不意にトアラが彼らの傍らにやってきて会話に入ってきた。
「挨拶がまだでしたね、ヴィレオン殿。いえ、次期ヴォンヴィダル公とでも?」
「からかうのはやめてくれないかな。今更、白々しいよ」
 おどけた眼差しで含み笑うトアラに対し、眉間に皺を寄せ息を吐くヴィレオン。その隣ではエミリアルがすっと瞳孔を窄ませている。
「なに、知り合い?」
「……ええ。この大連星に銀竜がいると教えてくれた方です」
「無事、銀竜を見つけ出したようで何よりです」
 にっこりと微笑むトアラの人当たりの良さそうな表情に、ソフィアは良くない物を勘付いた。商売柄、大勢の顔を見てきたソフィアの長年の経験がこれは表だけの笑顔だと感じ取ったのである。
「でも、それっておかしくない? おじいちゃんに銀竜で後継者レースやれって吹き込んだのもこの人でしょ。なのにヴィレオンにだけ情報教えたんなら、これじゃあ八百長じゃない」
「そんなことありませんよ。私はお三方全てに情報提供しましたから」
 なるほどそれなら平等だ、と納得しかけるソフィア。しかしすぐさま次の疑問を投げかける。
「あんたって何が目的? こんな回りくどい事してさ、貴族の骨肉の争いを見たかったの? 明らかに余計なことだよね、これ」
「面白い事を言いますね。まあ、否定はしませんよ」
「ってことは今のは外れね。おじいちゃんを楽しませたかった訳もないだろうから、そもそも手段はヴォンヴィダル家じゃなくても良かった?」
「これは驚いた。なかなか良い推理です。良ければうちの諜報部の試験を受けてみませんか? 才能ありますよ」
「結構よ。で、目的は何?」
 しかしトアラはわざとらしく肩をすくめて見せとぼけた振りをする。その態度に溜まりかねたエミリアルが僅かに右肘を浮かせ隠し持ったスナップハンズを出そうとする。だがすぐにその手はヴィレオンに押さえられた。
「あ、そろそろですよ」
 そのトアラが指さす先で、二人の対決が遂に始まった。