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 昼食後、二人は早速トアラに連れられ港町を後にした。町を出てすぐ街道へ抜ける。街道は多くの人だかりで賑わい、馬車が横を通り過ぎていくのも一度や二度ではない。どこの国も港町の近郊は人で賑わっているものだが、特にこの界隈は際立っている印象がある。これだけ大勢の人間が行き交っていると、普通に考えてもたった一人の青年を探し出すのは非常に困難に思える。竜の噂が公然と立っているならまだしも、人の形で息を潜められでもしたら見つけ出すなど不可能に等しい。
「で、どこから手をつけるの? メフィリナって言っても、随分広いんだけど」
「このまま街道沿いに進み次の町へ向かう。現在はそこに滞在している事が分かっている」
「そこまで知ってんじゃん。あのさ、そうやって情報を小出しにするのやめてくれるかな。最初から全部出してよ」
「情報は必要に応じて、こちらの判断で公開する」
「まだ隠してるのがあるってこと?」
「答える必要は無い」
 信用していないのはお互い様という事か。
 それならそれで下手な駆け引きをするよりも精神的に楽だ。そう言わんばかりに軽く皮肉めいた表情を浮かべて見せたが、トアラはまるで道端の石を見るかのような無表情でそれを受け流した。
 最初こそ幾つか言葉を交わしてはいたものの、そもそも友好関係とは程遠いため、いつしか黙々と歩き続けるようになった。グリエルモもこの張り詰めた空気ばかりは読めているらしく、常にソフィアの顔色を窺うようになっている。港町から目的地まで距離はさほど離れてはおらず、旅に慣れたソフィアにしてみればちょっとした外出程度のものなのだが、トアラの存在を意識するあまり異様に長く歩き続けているような錯覚に陥った。苦痛に思うほど時間は長く感じるものだが、これはグリエルモにフルコーラス唄わせるのに匹敵するように思う。それでもグリエルモの行動は不愉快に思えば止める事も出来るが、トアラはそういった扱い易さとは無縁の人間である。利害が一致しているとは言っても頼らざるを得ないのはむしろこちらであって、決して五分の関係ではない。そういった息苦しさがソフィアの疲労を無闇に蓄積させる。
 出発が昼過ぎという事もあり、町に到着する頃には日が傾きかけていた。トアラはすぐに一軒の宿を取り、そのまま部屋へと入る。こちらが疲れているから気遣っているのかと思ったが、ただの今後の行動についての打ち合わせが目的であったため、トアラに気疲れしていたソフィアは表情を曇らせてしまった。トアラはそういった態度を目にしても反応を示さず、何を考えているのか分からないその反応がソフィアには不快でならない。
 有り触れた部屋の中、グリエルモは入るなり早速窓際に駆け込むとそっと窓の外を窺った。何をどう聞き違えたかは知らないが、自分の中では追われているという設定になっているようである。まともに相手にすると余計気疲れするため、ソフィアは視界に入れぬようにしトアラとの話し合いに向かう。
「で、町に着いたけど、これからどうするの? 黒鱗探しに出るには、日が落ちてからだと見分けつか無そうに思うんだけど」
「こちらが少数である以上、総当り捜査は行わない。君達にはこれから営業に出て貰う。適当な酒場に行ってくれ」
「ああ、情報収集? それはそれでいいけど、少しは特徴とか知らないと本当にただの営業になるんだけど」
「容姿は私が把握している。捜査役として同行するので、君達はいつも通りにやってくれればいい」
「はあ、左様ですか。で、引っかかるまでやる訳? 効率悪そう」
「黒鱗は賑やかな場所を非常に良く好む傾向にある。問題は無い」
「蛾が明かりに集まるのと同じ理屈か……」
 トアラがさらりと新しい情報を出したのはさておき。本当にこんな捜査で特定出来るのか、あまりに疑問である。そもそもこんな方法で見つかるならば五十年もかかるはずがないのだ。自分より遥かに技量を持った歌い手など幾らでもいる。それが何故、特赦という手間を用意しなければならないような自分なのか。グリエルモでなければどうにもならない状況なのだろうと推測は出来るが、その情報は今の段階では幾ら訊ねようと決して提供はしてくれないだろう。
 とにかく今は付き合っていくしかない。いざという時はグリエルモを使えば現状維持ぐらいなら何とでもなる。黒鱗もそうだが、同時にトアラに対しても警戒は怠らない方がいいだろう。
「そうだ。確認したいんだけど、政府としては黒鱗をどうしたいの?」
「交渉の余地があるかどうか確認する。無ければそのまま消去だ」
「敵討ちとしては余地が無い方がいいんじゃない?」
「それはまた別の次元の問題だ」
 わざと皮肉ってみたものの、相変わらずトアラは表情に起伏を表さない。もはやこういう存在、動く人形のようなものだと割り切るしかないだろう。その方が精神的に楽である。
「ねえ、グリ。同族がやられるかもしれないけど、ただ見てるつもりなの?」
「何か問題かね? 猿如きにやられる竜など、指を差して笑ってやる所存だよ」
「ま、竜なんてそんなもんでしょうね」