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 繁華街は町の中心から東へ外れた場所に位置し、酒場も数件が軒を連ねていた。日も落ちてから程無い時間のため、どこの店も至って盛況で行きかう人の数も多い。営業に出るには頃合いである。
 グリエルモを連れて出かけたのは、酒場の中でも比較的盛り上がりに欠ける店だった。良くある手段だが、周囲が盛況の時に今ひとつ盛り上がりに欠ける店というのはテコ入れをしたがっている場合が多く、その心理にうまく漬け込むのである。案の定、店主は二つ返事でとりあえず三曲を契約してくれた。
 客の反応は良く、ソフィアも久しぶりの営業で不安はあったものの出来の良さに安堵していた。それよりも、同じく久しぶりの営業で尚且つ手に入れたばかりの高級マンドリンで機嫌の良いグリエルモの暴走を制止する方に手間がかかった。
 トアラには普段通りの営業をするよう言われてはいたが、どうしても客の顔を追ってしまっていた。しかし、黒鱗の特徴だという黒髪の青年など珍しくもなく、目をどこかしら向ければ必ず視界に一人は黒髪がいる。他の特徴を教えて貰っていない以上は注意のしようがない。
 店内には他の客を装ったトアラの姿もあった。情報収集も兼ねているためか、打って変わって陽気な様子で周囲の客達と打ち解け談笑している。諜報員は幾つもの顔を使い分けると言うが、それは変装などではなく人柄なのだとソフィアは思った。
 反響の良さに契約は延ばされ営業は閉店まで続いたが、トアラも含め周囲には別段変わった動きは見られなかった。グリエルモが多少興奮し過ぎ、時折目や牙が竜になりかけたりはしたものの、それに気づいた者は一人としていない。ソフィアが後ろから尻を蹴り上げるくらいである。
 給金を貰い酒場を後にする二人。その宿への帰り道、途中でどこかへ姿を消していたトアラが現れ合流した。既に酒場での陽気な姿は無く、普段の無表情な様子に戻っている。
「あら、お酒は強い方なの?」
「そうでもない。ただ、飲んでいる振りが出来るだけだ。毒物をかわすのにも使える技術だ」
 なるほどね、とソフィアはわざとらしく肩をすくめて見せる。
「今日はどうだったの? 見た感じ、黒髪なんて嫌と言うほど居たけど」
「周りに目を配るにしても、少し露骨だったぞ。素人は下手な真似をするな」
「それはごめんなさい。で、玄人の成果はどうなのかしら?」
「黒鱗が来ていた。側で確認出来たから間違いは無い」
 そうトアラが平然と答えた言葉にソフィアがぎょっと固まる。
「あんた、酔ってないでしょうね?」
「酔っていない。息の匂いでも確かめるか?」
「嫌よ。見つけたなら見つけたで、何で黙ってるのよ」
「その必要は無いからだ。放っておいても、次は向こうから近づいてくる」
「どうして?」
「黒鱗は同族を探しているという情報がある。今夜確認した黒鱗も、グリエルモを終始気にしている様子だったから、確かだろう」
「新情報ありがとう。つまりグリは丁度良いダシだったってことね。けど、だからってこうあっさり見つかるなんて変じゃない。政府は五十年も何やってたの?」
「犠牲を積み重ねた上での対象の調査だ。分かれば大した事の無い情報でも、そこには途方もない犠牲が費やされている。黒鱗が同族を探す事に執心していたのは確かだが、私自身もこうもあっさりかかってくれるとは驚いている」
 だったら、それらしい顔ぐらいしろよ。そう言わんばかりの不満げな表情を露わにしてみるが、やはりトアラは何事も無かったように平然と受け流した。
 やがて宿が見えて来ると、突然トアラは踵を返した。
「明日の行動は明朝に連絡する。今夜の部屋で待っていろ」
「あら、同じ宿なんでしょ?」
「表向きはな」
 そこも秘密主義なのか。専門とは言え、そこまで徹底しているともはや感心の領域である。本当にこれだけの人材が何十人も追ったにも関わらず、黒鱗はこれまで野放しにされ続けていたのか、むしろそれが疑わしくなる。
 その時、突然グリエルモが険しい表情で立ち去ろうとするトアラを制止した。
「待て、この猿が。今の話を聞いていたが、竜を都合良く使おうとは……」
「ああ、さっきの事か。とりあえず、今ここでやるつもりか?」
 トアラは不快感も露にするグリエルモではなくソフィアへ問いかける。するとすかさずソフィアの鋭い視線がグリエルモに目がけて突き刺さった。鎖よりも拘束力のあるそれを受けたグリエルモは、感情を押し殺した妙な唸り声を上げてその場に硬直する。そして、
「……不幸になれ!」
 心底悔しそうにそう吐き捨てた。
「はいはい、気が済んだらそっち行って。ねえ、最後に訊いておきたいんだけどさ、黒鱗って何が目的なの? 同族を探してるってことは、何かしら理由があるんでしょ?」
「そこまでは分からない。情報が無い」
「出し惜しみ?」
「それは否定しよう。本当に情報は無いのだ」
「竜には竜の島って故郷があるんだけど、わざわざ人間界で同族を探すよりは故郷に帰った方が早いよね。もしかして同族じゃなくて特定の誰かを捜してるんじゃないの?」
「竜の島? それは新しい情報だ。覚えておこう」
 そう言ってトアラは質問には答えずそのまま立ち去った。
 トアラが知らない情報なら取引の材料に使えば良かったと口を尖らせるソフィア。やはり儲けの絡まない駆け引きは苦手だとため息をつく。
「黒い竜の知り合いなんていなかったんだっけ?」
「うむ、いないよ。そもそも竜の島には、小生の歌を理解出来る者は誰もいなかったからね。赤も青も黄もいないよ」
 ああそうか、こいつは友達もいなかったんだな。
 ソフィアは口には出さず哀れみの視線をグリエルモへ向ける。するとグリエルモはそれを何かと勘違いしたのか、急に抱きしめかかってきたため、すぐさまソフィアは身を翻しそれを避けた。