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「おい、起きろ」
 不意に揺り動かされ、ソフィアはあわてふためきながら勢い良く立ち上がる。
 突然の事で状況も瞬時に判断が出来ず、咄嗟に取った行動は倉庫の壁を背負い脱出口を探す事だった。だがそんなソフィアの目前でには、何とも心境の伺い知れぬ表情を浮かべたトアラの姿があるだけだった。
「疲れているのは分かるが居眠りをするな」
「ん……あ、うん」
 あまりに冷ややかな態度であしらわれ我に帰ったソフィアは、ばつの悪そうに顔をしかめる。いっそ笑われた方が気楽だと思ったものの、トアラに笑われるのはいささか不愉快でもあり、それよりかはこのままの方がましだと納得する。
「二人は逃げたりしてないよね」
 その問いにトアラは傍らの檻を顎で示す。アヴィルドとヴェルバドは未だ檻の中にあり、この会話の最中でもぴくりとも動かない。一応寝息のような音は立てているため死んだ訳ではないが、ここまで深く昏睡するような薬を常用させるのはいささか危険に思う。けれど竜は人間より遙かに生命力が強いから、あまり関係の無い事なのかも知れない。
「本国と連絡が取れた。ただちに援軍を派遣するそうだから、二、三日の辛抱だ」
「そう。で、援軍ってことは軍でも動くの?」
 その問いにトアラは答えない。いつもの機密情報だろうが、まさか自分が図星を言い当ててしまったための肯定の沈黙とは思いたくない。
「食事にしよう。保存食だが調達してきた」
 そう言ってトアラは、まだ真新しいリュックを背から降ろす。中に入っていたのは、言った通り缶詰や薫製といった保存食ばかりだった。手持ちはあるのだから温かいものを食べたいとは思うものの、今は自分の都合を通すような状況ではないからここはこらえる。どうせ数日の辛抱なのだ、美食も続いた事もあるのでたまには粗食も悪くはない。
「それから、お前の荷物も回収してきた。銀竜が置き忘れていったようだな。これが無いと不便だろう?」
「気が利くじゃない。それとも、銀竜使いの御機嫌取りかしら?」
 そう冗談混じりに皮肉っぽく訊ねるソフィア。しかしトアラは何の反応も見せず、奥の部屋から古びたテーブルを引っ張り出し淡々と食事の準備を始める。
 ソフィアは自分が言い出した事にも関わらず、トアラの反応があまりに希薄で気まずくなってしまった。普段のように自分にとって気に入らない事や理屈っぽい言葉を並べ立てられれば心も痛まないのだが、無言で返されるのはどんな悪口よりも効く。
「そんな真に受けないでよ。冗談よ、冗談。えっと、椅子は向こうの部屋にあるの?」
 すぐにソフィアはぎこちない笑顔で取り繕い、場の空気を誤魔化そうとトアラの作業を手伝い始める。だがそれとは入れ替わるようにトアラは奥の部屋へ行ってしまった。やはり言葉が過ぎただろうか。そんな不安感を抱いた直後、トアラは先程と変わりない無表情のまま椅子を手にして戻って来た。そして、
「すまない。素の自分もこうなんだ。別段気に留めないでくれ。これまで通りで構わない」
「え? ああ、うん。そう」
「椅子は一つしかなかった。お前が使うといい」
「そう。ありがとう。使わせて貰うわ」
 トアラのあまりに意外な反応に、ソフィアは思わず胸が高鳴ってしまった。ソフィアは予想もしなかった自分の反応に戸惑ってしまう。何故こんな事でうろたえているのか、自分でも理解が出来なかった。確かにトアラにしてみれば意外な反応だが、またいつもの他人の機嫌を伺っているだけの仮面を作っているだけにしか過ぎないのではないか。そう疑いかかってみるものの、何故かそれを自分の直感が良しとしない。そうしている内にソフィアは自分が何を戸惑っているかすら分からなくなり、目に見えた動揺をし始めてしまった。
「それから、ここの地下に水場がある。お湯は無いが体を拭くぐらいは出来る」
「うん、ありがと。後で使うわ」
 声が僅かに上擦り、唇も触れて確かめるまでもないほど震えている。自分を取り繕えていないと確信出来るほど、明らかに戸惑っていた。何故こんな感情を抱き始めるのか。ソフィアはただただ自分の反応に狼狽するばかりだった。