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「グリエルモ様、大変言い難いのですが、あなたの戻る場所はございません」
 元々物事を率直に言われなければ理解の出来ないグリエルモである、オーボルトの確信を避けた言い回しにはグリエルモは首を傾げるだけだった。
「どういう意味かね?」
 オーボルトとしては率直すぎる言葉を選んだつもりだったが、グリエルモにはそれでは伝わらない。もっと露骨にはっきりと言い切らなければグリエルモには伝わらないだろうとオーボルトは思う。けれどその言葉は彼女にとって、自分が苛まれるのと同じぐらい辛いものである。
「全竜族の意向です。グリエルモ様にお戻りになって戴きたいと思う竜は、今の竜の島にはおりません。そういう意味での言葉です」
「つまり、二度と戻ってくるなと、そう皆が思っているという事かね?」
「……はい」
 遂に告知してしまった。オーボルトは背筋から冷たい汗が伝うのを感じた。この事実にグリエルモがどう向き合うのか、ただそればかりが不安でならなかった。
「冗談はやめたまえ。小生、人に嫌われる性格ではないよ?」
「ですが、もう決まった事なのです。一族全体の意向として」
「反対する者はいなかったのかね? ほら、小生と同じで音楽を志すものもいるだろうに」
「一人もおりません。無論、私は反対したかったのですが、女にはその権利はありませんでしたし……」
 グリエルモは事が良く理解できていないのか、まるで無垢な瞳できょとんとした表情を浮かべている。それはあえて考える事を放棄したようにも見え、オーボルトの目には痛ましい姿としか映らなかった。
「グリエルモ様には、何故私が人間の国などにやって来たのか、その本当の理由をお話するつもりでおります。お聞き下さいますか?」
「うん、まあ、いいよ。話したまえ」
 どこかぎこちないグリエルモの返答。俄には信じ難い出来事に困惑しているのが明らかである。
「私と、それから兄二人アヴィルドとヴェルバドの三名は長老の命を受け、竜の島を出て人間の国へとやってきました。その目的は、表向きは先に向かわれたグリエルモ様を探し出し竜の島へ連れ戻す事です。けれど本当の目的は、島へ連れ戻すと見せかけグリエルモ様のお命を絶つ事でした」
「何故、小生が命を狙われねばならないのかね。小生は平和主義者であるから、そこまでされなくとも話し合いには応ずるよ。別段、十年に一度戻るぐらいなら構わぬよ」
「グリエルモ様を竜の島へお連れする事が重要なのではありません。竜族とは親交の厚い海の精霊のためです。海の精霊は、我ら竜族がグリエルモ様を半ば騙し追い出した事に不信感を抱いているのです。海の精霊はグリエルモ様に好意を持っていましたから、竜族の騙し討ちのようなやり方が気に入らないのでしょう。ですから、仕方なく連れ戻せなかったという既成事実を作り不信感を払拭しようというのが狙いなのです」
「小生に戻ってこられるぐらいなら殺してしまえと、そういう事なのかね?」
「……はい」
「それは一族みんながそう思っているのかね?」
 グリエルモはおもむろにマンドリンをケースへ仕舞い込むと、頬杖をつきようやく鎮火し始めた向かいの建物を遠い視線で眺めた。
 ふとグリエルモは小さく溜息をついた。グリエルモがこういった悲嘆を滲ませた溜息をつく姿を見るのはオーボルトにとって初めての事で、見てはいけないものを見てしまった罪悪感に似た気持ちに駆られてしまう。
「率直な所を聞きたいのだが……」
「なんなりと」
「小生はもしかして……みんなに嫌われていたのかね?」
「……私を除き、あまり好感は持たれていなかった事は事実でございます」
「そうか……小生は今までずっと嫌われていたんだね。知らなかった……」
 再びグリエルモは口を閉ざしもう一度だけ溜息をつくと、また向かいの建物を虚ろに眺め始めた。明らかにその視線は前方ではなく、何処でもない空中を見つめている。そんなグリエルモの様子にオーボルトはただ胸を痛めるばかりだった。
 時折、何事かを小さな声で呟く様子が窺えた。何を言っているのかとオーボルトは耳を澄ましたものの、それがあまりに悲痛で悲観的な言葉だったため慌てて耳を塞いでしまった。グリエルモの歌詞に感動するようなオーボルトにとっては、それほどグリエルモの言葉に対する影響力が強いのだ。