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 グリエルモがこれほど落ち込む姿をオーボルトはかつて見たことがなかった。やはり打ち明けるべきではなかったかとすら思えてくる痛ましいその姿には、目をそらさざるを得ない。
 一体どんな言葉をかければいいのか。オーボルトは傍らでそれを考えあぐねていた。軽率な言葉はかえってグリエルモを傷つける。しかしあまりに気を使った回りくどい言い方もグリエルモには辛いだけである。そう考えに考え抜いた挙げ句、遂にオーボルトは意を決して口を開く。
「グリエルモ様、お気持ちはお察しします。ですが、このオーボルトは貴方様の味方です。たとえ何があろうと、最後の最後まで、私だけは絶対」
 その言葉に突き動かされたのか、グリエルモはおもむろに顔を上げオーボルトの顔をじっと見つめる。しかしその口元は皮肉たっぷりに歪んでいた。
「君は兄達と小生を殺しに来たのではなかったのかね?」
 真剣な表情のオーボルトに向かってそう言い放ち、げっげっと何かがつかえているかのような音を喉から慣らす。半ば茶化しているような態度である。
「私はただ命令に従ってここまで来ただけです。命令に従ったのも、そうしなければ掟に縛られ島を出ることは出来ませんから。私はグリエルモ様にお会いしたいだけなのです。ましてやグリエルモ様に爪を向けるなど言語道断、考えただけでも恐ろしい事です」
 真剣な眼差しのオーボルト。しかしグリエルモのオーボルトを見る目は変わらず猜疑心に満ちている。生来の馬鹿正直な性格が災いしてか、グリエルモはオーボルトに聞かされた内容から受けたショックのあまり非常に疑り深くなっていた。そんな心情を察したオーボルトだったが、尚も怯むことはなかった。
「そうかね。では君は兄を手にかける気かね?」
「グリエルモ様に刃向かうならば、喜んで」
「冗談はよしたまえ。君達がどういった兄弟関係かは知らぬが、血族同士で争うなど猿のする事だよ。そんな出任せを信じるはずがなかろうに」
「たとえ野蛮だと罵られようと、私には関係ありません。竜は愛に生きてこそ本懐ですから」
「本気でそう思っているのかね?」
「本気でなければ、私のような弱い竜が島を出るなどいたしません」
 一歩も怯まずに放ち続ける、下手な小細工など無い真っ直ぐなオーボルトの言葉。その力強くぶれのない言葉に押され、グリエルモは少しずつ普段のとぼけた表情を取り戻し始めた。自分の中で心の整理がついたのか、真摯なオーボルトの存在が支えとなったのか、つい先ほどまで今にも死に絶えてしまいそうな顔をしていたとは思えないほどの変わり身である。
「君は一族より小生を取るというのかね?」
「はい。グリエルモ様はもう覚えてはいらっしゃらないでしょう。私が初めてグリエルモ様にお会いした時、その日に出来たばかりの葬送曲を奏でて下さいました。あの時に受けた衝撃は生涯忘れる事が出来ないでしょう。それよりオーボルトはグリエルモ様の虜です」
「ふむ、確かに覚えてはおらんが君が良い感性の持ち主であることは確かなようだ」
 たったそれだけの言葉でもオーボルトにとっては天にも昇るような喜びが溢れてくる。その勢いでたちまち思考が熱を帯び興奮を始めたオーボルトは、食いかかるような勢いでグリエルモに懇願する。
「グリエルモ様、このオーボルトはグリエルモ様に叶えていただきたいお願いがあるのです」
「ふむ、言ってみたまえ」
「私はそのためにわざわざ危険を承知でこのような汚らしい猿の国へ飛び込んだ訳で」
「いいから言いたまえ」
「は、はい。それでは……」
 オーボルトは深呼吸を繰り返し自らを落ち着けると一つ咳払いをし、おそるおそるグリエルモへ緊張しながら口を開いた。
「どうか私を、グリエルモ様のお傍に置かせて下さい。必ずや私はお役に立ちましょう。いえ、立ってみせます」
「ふむ、そんなことでいいのかね?」
「その……出来れば、一生涯」
「良くは分からぬが構わんよ」
「ああっ……!」
 その次の瞬間、オーボルトは恍惚の表情を浮かべたまま崩れ落ちた。
 グリエルモは不思議そうに小首を傾げるものの、すぐに興味を無くし再びマンドリンを取り出すと小火が再燃を始めた向かいを眺めながら弾き始めた。
「『ああー燃え盛る二人の愛はー、燃えて燃えて燃え尽きたら、泣きながら灰をかき集めるー』」