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「あの、これはちょっと丈が短過ぎてお臍が……」
「じゃあこっちは?」
「あの……これも胸が苦しいのですが」
「ああもう、太り過ぎ……っ」
 オーボルトに次々と服を合わせてみるのだが、どれもオーボルトにサイズが合わない。その大半が胸のサイズか袖丈という事もあり、徐々にソフィアは複雑に上下していた心境が下方の一途を辿る事になった。それでもようやくサイズの合うワンピースを見つけたものの、胸周りだけはどうしても苦しくなるためオーボルトはしきりに指を胸元に挟み引っ張って緩めようと試みる。
 一通りオーボルトのスタイルの良さを見せ付けられ落ち込みながら服を片付けるソフィア。そもそもこれは竜にとって仮の姿だから別段比較するだけ無駄なのだと、ひとしきり言い聞かせ自らを盛り上げなければならないほどだった。
 オーボルトは最初こそあまりソフィアの服には気が進まない様子だったものの、いざ身に着けてみた途端にそわそわしながら手足を伸ばしては自らの姿を角度を変え何度も眺め始める。やはり普段と違う服を着て気持ちが変わるのは竜も一緒なのだと、そんなオーボルトの仕草を微笑ましげに微笑する。
「ねえ、オーボルトはグリの事が好きなの?」
「えっ? い、いえ……そんな、恐れ多い。私が勝手に御敬愛しているだけです」
「つがいだって言ってたじゃん」
「敬愛するあまり、伴侶になりたいといいますか、その……」
 竜族にも結婚の習慣があるとは。ソフィアは思わぬ人間との共通点に感心する。人間よりも遙かに長く生きる竜族が特定の相手と契約するなんて考えもしなかった。百年でさえせいぜい寿命の一割程度、今の内から相手を特定してしまったら文化様式が一周するほど長い間一緒に暮らす事になる。倦怠期やらの諸問題はどうするのだろうか。それとも、割と頻繁に結婚離婚と繰り返すのか。
「あ、あなたの方こそ、グリエルモ様とはどういった御関係でしょうか……?」
「私? まあ旅の相方ってところかなあ」
「その……交尾をするとか、そういう……?」
「大人しい顔して大胆な事言うわね。ないない、そんなの考えた事もないわ」
「ですよね、竜族と人間ですもの」
 そう安堵の表情を見せたオーボルトは、ソフィアに満面の笑みを浮かべて見せた。思えばオーボルトの笑顔を見たのはこれが初めてである。おそらく、これまでずっとオーボルトは自分とグリエルモとの関係、それも男女の関係を訝しんでいたのだろう。オーボルトが時折こちらをきつい視線で睨んでくるのも、グリエルモに対する事での嫉妬だったに違いない。ナチュラルに不遜な竜族でありながらそれを口にしなかったのはオーボルトの性格だろうか。人間の立場からすると実に付き合いやすい感覚を持った竜である。
「あなたは変わった人間ですね」
「何が?」
「グリエルモ様の仰られた通りです。竜族を少しも恐れないなんて」
「そうかな? それなりに怖いとは思ってるけど」
「私、グリエルモ様からあなたの事をお聞きした時、人間如きに惑わされるなんてそれこそ反吐が出るような気分だったんです。けど……今は、なんだか好意的になれそうです」
「まあ私もあなたのこと嫌いじゃないからね」
 そう答えるソフィアの言葉に嘘はなかった。グリエルモを様付けで呼び慕うところからしてただならぬ存在と思っていたけれど、いざこうして顔を見合わせて話をしてみると、オーボルトは案外素直で気が良く好感すら持てた。仮にグリエルモとくっついてきても、これならばさほど実害は出ないと思う。
 しかし、オーボルトと打ち解けた所で更に別の問題が浮かび上がってしまう。トアラにどう報告すべきか、ソフィアが猿芝居を打ってオーボルトに頭から水を被せた事だ。
 トアラに傷痕の事を素直に話すべきだろうか? トアラは己の知人の仇を取るために駆けずり回っているのだから、自分にはそれを阻む権利はない。けれど、もしもオーボルトが探し求めていた仇であると知ったら、トアラの事だから次に何をするのかは悪い意味で想像が付かない。
 肝心のグリエルモは急病に伏せり良く分からない姿になってしまっている。本人に直接訊かなければ、オーボルトを本当にかばって良いものかも分からない。
「うーん、我が心は比喩的に砂の海、これが噂の人情砂漠……」
「喉が渇いていらっしゃる……すぐにオーボルトが御用意いたします」
 すぐさまオーボルトは部屋の外へ飛び出していく。こうも一途で甲斐甲斐しい様は見ているだけで気持ちが満たされる感覚がある。自分とは縁の無いものだから尚更羨望も込めてそう思うのだろう。ただ、自分があのように甲斐甲斐しく振舞う姿を想像すると薄ら寒気がしてならない。
 もう情が移ってしまったのだろうか、やはりオーボルトを見捨てる事は出来ない。
 しかし、トアラを裏切る事は父親の釈放という千載一遇のチャンスを逃す事にもなりかねない。
 どちらを取るべきか。その言葉を思い浮かべたソフィアは、ふとベッドの上で昏睡するグリエルモを見た。
「うーん、この熱い視線……まさか、恋?」
 きっとグリエルモなら何の迷いも無くどちらか決めてしまうのだろう。