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「何だい、オーボルト。もしかして怒っているのかな?」
「確かに一人ぼっちで寂しい思いをさせてしまったからね、ごめんよ。謝るから機嫌を直しておくれよ」
「とぼけて誤魔化そうとするのも相変わらずですね。いつまでもそれに誤魔化される私ではありませんよ」
 オーボルトはまるで別人のように気迫溢れる表情で二人を睨みつけると、これ以上先には進ませないとばかりに勇ましく立ちはだかる。その様子に最初にこにこと笑っていたアヴィルドとヴェルバドはたちまち表情を変え、険しい視線をオーボルトへ送った。
「我ら三兄弟、あの竜族の仇敵であり汚点でもあるグリエルモを抹殺する事が使命」
「あの日、長老の前で誓ったはずです。使命を果たすまでは二度と戻らないと。まさか忘れたとは言わせませんよ」
「ええ、覚えています。あれほど意にそぐわぬ約束をさせられた事は生まれて初めてですからね。ですが、それであのような辺鄙な島から出られるのですから、喜んで嘘偽りを並べましょう」
「やはり……目的はグリエルモですか」
「奴のことは忘れると誓ったのも嘘だったとはね」
「グリエルモ様をお二人のような輩の手にかけさせる訳には参りません。音楽の歴史にとって重大な損失ですから。それに私は誓ったのではありません。兄さん達に誓わされたのです。そんなもの、破る事などに私は何の躊躇いもありませんから」
 オーボルトと、アヴィルドとヴェルバドとの不仲は会話だけでなく立位置を見ても明らかである。オーボルトは元々グリエルモが目的で竜の島を出てきたのだからこれは当然の構図だが、あまり有利であるとも呼べない状況である。どう考えてもあの好戦的な二人より、臆病なオーボルトの方が強いということは有り得ない。
「黒鱗は三つ子の上、兄と妹は決定的に不仲か」
「レポートなら後にしてよね」
「ああ。とにかく、この騒ぎに乗じて脱するぞ。私よりオーボルトの方が時間は長く稼いでくれそうだ」
「見捨てるつもり?」
「さすがに兄弟までは殺さないだろう。とにかく今は状況を割り切れ」
 感情的にはあまり乗り気ではないが、トアラの言うことは確かに理にかなっている。今はまだ互いに出方を探っている状況だが、事が動けばすぐにでも動けるよう気構えだけは整えておく。
「オーボルト、お前はあくまで兄に楯突き、グリエルモのような奴と付き合おうというのかい?」
「分かっているのかな? それはお前も竜族と袂を分かつという事なのだよ」
「とうにこの身も心もグリエルモ様のものです。今更竜族などという括りにこだわりはありません。グリエルモ様を逆賊と呼ぶのでしたら、私は逆賊に付き従う異端で結構です」
「ほ、本気で言ってるのかな?」
「い、幾ら兄さんでもそろそろ限界があるよ」
「私は本気です。撤回つもりは毛頭ありません」
 なんて迷いのないのだろうか。真っ直ぐ二人を見据えながら言い切るオーボルトの姿にソフィアは驚愕する。竜族は単純な思考しかない。だがそれだけに、一つの意志を貫き通す力は強いのだろう。自分が気が多い性格だけに、オーボルトの力強い言葉には羨望すら抱いてしまう。
「グリエルモ様を手に掛けるというのであれば、私は全力で戦います。私を殺さずしてここを通れるとは思わない事です」
「オーボルト、そんな言葉を口にしないでおくれ。兄は悲しいよ」
「可愛い妹を手に掛けられるはずがないじゃないか」
「ならば今すぐに竜の島へ帰って下さい。私達の事は放っておいて欲しいのです。金輪際、竜族とはかかわり合いにはなりたくはありません。無論、兄さん達ともです」
 何故か下手に出る二人に、オーボルトは終始強気な態度を崩さない。萎縮し続ける二人はこのまま退散してしまうのではないかと思われる勢いである。
 この調子なら何とかうまく二人を丸め込めるのではないだろうか。そう淡い期待を抱いた直後、突然二人の雰囲気が変わった。
「逆上せるな、この愚妹」
「雌のクセに意見をするな」
「何をやらせても駄目な出来損ないに見限られる筋合いは無い」
「我らとて我慢の限界だ。ならばお前も一緒に見限ってくれる」
 丁寧で物腰の柔らかだった口調が一変し、突然口汚く罵り始める。だがオーボルトは慣れた様子で涼しげに流す。
 アヴィルドとヴェルバドの上半身が二回りも膨れ上がり、両腕だけがみしみしと音を立てて元の姿へ戻る。それに応じてオーボルトも右腕を元の姿へと戻した。
 一気に状況が逼迫してきた。にも関わらず、オーボルトは二人に対して真っ向から勝負を挑む様子である。どう考えても後先を考えていない無謀な行為だ。グリエルモの事で頭に血が昇っているとしか思えない。
「ちょっと、オーボルト。あんま無理しなくていいから」
「いいえ。私はグリエルモ様を、このような低脳な兄に触れて欲しくないだけですから」
「だからそういう事じゃなくてさ」
「下がっていて下さい。これは竜族の問題です」
 オーボルトはまるでこちらの言う事に耳を貸そうとしない。妙なスイッチが入ったのか、普段の姿からは想像できない勇ましさである。いや、単に気負い過ぎて周りが見えなくなっているだけかもしれないが。
 そんな中、トアラが半身になりながらゆっくりと後退を始めた。
「ソフィア、一度隣の部屋へ移るぞ。銀竜を運ばなければならない」
「避難するってこと?」
「そうだ。巻き込まれたら命の保証は無いぞ」