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「聞き分けのない雌だな! だから妹は嫌なんだ!」
「そうだ! 三つ子で一人性別が違うのは語呂が悪い!」
「女に手を上げるおつもりですか? 我が兄ながら見下げ果てた野蛮さですね」
「何だと!? 兄を愚弄する気か!」
「僕らはグリエルモとは違う文化的で雅やかな竜だ! そんなに言うのなら手は上げぬ!」
「では私は女ですのでやらせてもらいます」
 いささか火の点り方が歪ではあったものの、遂に双方が物理的な接触を始めた。まずはオーボルトが一方的に前へ出て攻め立てているが、それでも既に建物は激しく軋みだし今にも天井が抜け落ちそうな勢いである。
「今だ、行くぞ」
 注意が逸れた間隙をつき、トアラの合図で奥の部屋まで一気に駆け抜け飛び込む。同時に扉を素早く閉じると、竜族相手には気休めにしかならないものの周辺に転がっていたガラクタを間に挟み鍵の代わりとする。向こうにはトラウス准尉とリンクス曹長を置いてきてしまったが、この状況では致し方ないと割り切る。そもそも階級を偽りトアラを妨害した、ある意味では政敵関係の組織のようだからさほど心は痛まないが。
「グリ、起きて! 逃げるわよ!」
「ああ、君とならどこまでも……」
 ベッドの上のグリエルモは未だ臥せったままだった。しかし辛うじてこちらの声は認識しているらしく上体を何とか起こそうとする。今まで人間と竜の部分が斑になって体中に点在した異様な風体だったが、幾らか体調は安定したのか比較的普段の人間の姿に戻ってきている。これなら人目に触れてもさほど騒ぎにはならないだろう。
「よし、良い心がけよ。さあ立って! 走る!」
 すぐさまソフィアはグリエルモの腕を掴み上げると、力ずくで体を起こしてベッドから引き摺り下ろし床に立たせる。
「ああ、まるで世界が回るようだ。この胸の苦しみ、燃え上がるような喉の熱さ、きっとこれは恋の感覚……!」
「ならもうちょっと頑張れるね」
「それは、ソフィのためなのかい?」
「そうよ、私のため。私を愛しているなら動きなさい」
「勿論だとも。君のためなら月すら取って来て差し上げよう」
 そう意気込んでみせるものの、すぐさま足元がふらつき膝から崩れるグリエルモ。それでもソフィアはグリエルモを引っ張り上げて無理やり立たせようとするが、グリエルモこそそれに応えようと立とうとするものの足に力が入らず、そのままグリエルモの体重を支えきれなくなって縺れ合いながら床に転ぶ。
「幾ら何でも無理なんじゃないのか?」
 二人の様子を眺めながらトアラが眉を顰めそう訊ねる。トアラの目にも明らかにグリエルモが自分で歩けるような状態ではない事が見て取れる。無理に歩かせるよりも移送手段を考えた方が明らかに現実的だ。
「ったく、ちょっとぐらい根性見せなさいよ」
「ああ、ここに小生の楽園はあった……!」
「いつまでくっついてるのよ! 熱いってば!」
 グリエルモを引き剥がして立ち上がるソフィア。しかしグリエルモは自分では立つ事が出来ず、体をゆらゆらと揺らしたまま床の上にアヒル座りをしている。今のやり取りで熱が上がったのか、頭の天辺から微かに湯気らしき空気の歪みが立ち上り始めている。
「参ったな。どうにかして運ばなければならないが」
「よし分かった、あんたが背負って行けばいいわ」
「残念だが、私は戦闘関連の技術は無い。よって特別体力もある訳じゃない。それに、人間では有り得ないほど発熱しているように見えるんだが」
「大丈夫、そんなのは何とかなるわよ」
 そう根拠も無い適当な返答をするものの、やはりグリエルモを運ぶ手段は別に考えなければならない必要性は感じていた。ここへ来る時はオーボルトに運ばせたが、今のオーボルトは黒鱗の兄二人の相手で手一杯である。そしてここにいる二人にはオーボルトのような体力は無い。
「とりあえず、そこの毛布を簡易的な担架としよう。燃えるかもしれないが、水で濡らせば少しは持つだろう」
「そうするしかないわね。なら早くしましょう」
 ふざけている時間は幾らも無い。すぐさま二人はベッドの毛布を床に敷いて満遍なく水で湿らせ、そこへグリエルモを転がし包装の容量で巻き込む。ほとんど荷物のような扱いだが、人間の病人とは違い多少なら乱暴に扱える。今の状況ならむしろありがたい利点だ。二人とも頭の中ではそれでも病人に対する扱いには相応しくないとは思っていたが、緊急事態だけにあまり考えぬよう外へ追い出す。
「よし、そっち持った?」
「大丈夫だ。合図を頼む」
 梱包を終え、すぐにグリエルモを包んだ毛布の上下をそれぞれしっかりと掴む。じっとりと湿った毛布の感覚が手のひらに心地悪く滑りやすく、しっかりと握らなければうっかり取り落としてしまいそうだった。
「じゃあ行くわよ。せーの」
 そんな掛け声をかけようとしたその時だった。
「きゃっ!?」
 突然部屋の扉がまるで爆発したかのような激しい勢いで吹き飛ぶ。破片や爆風に俄かに晒され、ソフィアは反射的に手を離し顔を庇う。トアラも同じように身を屈め防御体勢を取ったが、こちらは油断無く同時に周囲に注意を向ける。
「ちょっと、何よいきなり」
「気をつけろソフィア。状況が思ったより悪くなったようだ」
「は? どういうこと?」
 するとトアラは視線を未だ埃の立つソフィアの前方へ意味深に視線を送る。
「ウ……女ニ手ヲ上ゲル蜥蜴畜生メ……」
 そこに居たのは、半ば竜の姿に戻りながらもあちこちを負傷したオーボルトの姿だった。