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 街が静かなのは単に人々が避難しているだけではないのだろうか?
 トアラの言う静か過ぎるという事が今一つ理解出来ず小首を傾げるソフィア。しかし状況はすぐに悪い方へ流れていると決定づける。
「どうやら予感は的中したようだ」
 そうトアラが示す先にあるのは、この街の経済拠点とも呼べる港。そこには一隻の普段は滅多にお目にかかれないはずの船の姿があった。それは戦艦だった。型式こそ違うものの、つい先日同じ系統のものを見たのだから間違いはない。
「あれが災害復興支援の部隊に見えるか?」
「どっちかと言うと、災害除去の方ね」
「良い表現だ。あれはおそらく軍部の強硬派だろう。穏健派なら、まずは宣戦布告の形式に則るからな」
「大した穏健派ですこと。それよりもあんた、もしかして初めから泳がされてたんじゃないの? 幾ら盗聴するにしたってタイミング良すぎるわよ」
「軍部に諜報員の雄株を奪われるとはな。そろそろ潮時なのかもしれない」
 政府は既に竜族とは徹底抗戦の構えを見せていると知ってはいるものの、これまではさほど実感はわいていなかった。だが、こうも簡単に戦艦を動かしてくる所を見ると、どれだけ竜族が危険視されているのかが良く分かる。たとえ殺す事は出来なくとも二度と竜の島からは出て来たくないと思わせれば、それで人間界の平和は保たれる。やり方は気に入らなくとも、筋は通っている。それだけに竜族へ向けられる露骨な武力がソフィアは無性に歯痒くてならなかった。
 丁度その時、街の中からけたたましい破砕音が飛び交った。再び窓から外へ身乗り出すと、そこには三匹のもつれ合いながら取っ組み合う黒い竜達がいた。先ほどは人間の部分を多く残していたのだが、すっかり元の姿に戻ってしまっている。興奮すると本性がつい出てしまう習性もそうだが、やはり本来の姿の方が戦いやすいのだろうか。
「初心者向きに狙いやすい的ね。あそこからなら大砲でも届くんじゃない?」
「そのために町を封鎖したのだろうな。もっとも、大砲程度でどうにかなる相手なら初めから苦労はないが」
「どうするの? 黙ってれば、ひとしきり砲撃した後にあの戦艦が沈められると思うんだけど。お酒とおつまみでも探して来ようか?」
「それはそれで一興だがな。それよりも、黒鱗達の様子がおかしいぞ」
 そう指し示す先の、もつれ合う黒鱗達に目を向ける。
「コノ馬鹿兄ガッ! 何故私マデ殴ルノダ!」
「黙レ愚弟! 紛ラワシイ匂イヲシテイルカラダ!」
「三ツ子ガ皆同ジ匂イナノハ当然ダロウガ!」
「下ラナイ言イ争イバカリ。オオ、嫌ダ。コンナ兄達ハ死ンダ方ガ良イ」
「黙レ、雌如キハ引ッ込ンデイロ」
 先程まで二対一の構図だったのが、いつの間にかただの三つ巴になっている。それも完全に竜の姿に戻りながらの取っ組み合いである。当然だが人間より二周り以上も大きな体格である竜の姿で転げ回れば、周囲の建物や街路樹は積み木のように片っ端から倒されていく。無軌道に転がっていく後には残骸で出来た石畳が残るだけだ。
「どうにかあれを止められないのか?」
「私は保護者じゃないわよ。第一、レディに頼む事柄じゃないわ」
「そうか? 私の知る限り、竜を従えた人間などこの世には存在しないんだがな」
 だがソフィアは自ら意図してグリエルモを従えさせている訳ではない。確かに今となってみれば便利なペットとして可愛がってはいるが、元々はグリエルモの方から一方的に好かれただけなのだ。単なる性格の一致と言われる相性の問題なのだから、別段特別なものという認識は無い。しかしそれが政府関係者には特異なものとして映るようである。
 政府が共存を諦めた竜族、にも関わらずそれと共生する自分はどれだけ特異な存在なのか。今まで考えた事も無かったが、これは何らかの形で活用出来る強味、交渉等の武器になり得るものだ。具体的にどう活用するかはともかく、誰にも持ち得ないものであるのならそれだけで十分だ。
 不本意ではあるものの、これも良い機会である。トアラからそこはかとなく武器として生かすヒントを得よう。
 そんな事を思い立った、正にその時だった。
「あれは、まさか!? まずい!」
 唐突にトアラは厳しい口調で窓から身を乗り出し血相を変える。
「どうしたの?」
「上陸した部隊がいる。隊章も無い所を見ると、非正規の特殊部隊のようだな。軍部め、本気で竜を殺しにかかるつもりだ」
 すぐにソフィアも窓から身を乗り出し外を見下ろす。眼下には数名の人影がおり、皆が戦闘用と思われる物々しい軍服を着ている。目に付く武器と言えば大剣一つだが、その鞘には装飾目的ではない紋様がびっしりと描き込まれている。おそらく何らかの特殊な法具、戦闘に特化した武器だろう。他にも武装はしているだろうしそれ以上の兵装については詳しくはないが、戦時下限定で更に非常時で特別なものだという、そんなくどいほどの特別な雰囲気がどことなく伝わってくる。
「既に一帯に展開しているようだ。ここを見つけられるのも時間の問題だ」
「味方……なんだよね?」
「どうかな。戦地特例で多少の出来事は不問になるかもしれないぞ。それに、非正規の部隊が御行儀良く行動するとも思えん」
「かと言って、逃げるにしても下手に出られないし、グリも置いていけないわ。どうしよう……」
 こんな時、普段ならグリエルモに飛ばせていたのだが。だが当のグリエルモは未だ病床の身だ。