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 すぐさま三人はグリエルモを置いてきた先ほどの宿屋へと向かい駆ける。来る時とは違って身を潜める事はせず、最短ルートで宿屋に向かった。くだんの部隊と遭遇する危険性はあるものの、黒鱗達の騒ぎが止まった事には当然気づいているだろうからどの道遭遇する危険性は変わらない。そもそも、物分かりの悪いオーボルトに最短ルートを避ける事を説明し納得させる時間の方が無駄である。
 どうせ見つかる危険が同じなら、全ての行動を最短最速で行った方がリスクも最小限で済む。その考えの元、三人は宿屋へ急いだ。結果、幸運にも上陸部隊と真っ向から遭遇してしまうような事態は避けられ、難無く到着する事が出来た。もっとも、密かに尾行されている可能性も全く無い訳ではなかったが、オーボルトにいちいち確認させても時間ばかりが無駄になるため、そればかりは避けられたことを祈るしかない。
「ああ、グリエルモ様! 今参ります!」
 宿に着くと、突然オーボルトは建物を見上げ歓喜の表情を浮かべると、いきなり飛び上がって外壁に張り付いたかと思うなりそのまま真っ直ぐ最上階に向かって登り始めた。おっとりとした容姿からは想像もつかない不気味な行動だったが、やはり竜族はそういうものなのだろうとどこか納得の出来るものでもあった。
「まるでゴキ―――」
「ストップ。想像しちゃうじゃない」
 あっと言う間に登りきってしまったオーボルトに続き、二人も建物の中へ入り階段を駆け上がった。最上階まで辿り着くと部屋の中からは先に到着していたオーボルトのやけに甲高い声が聞こえていた。大分興奮しているのか、とても病人の相手などをさせられない声である。
「グリエルモ様! ああ、すっかり顔色も良くなられましたね!」
「うん、そうだね。それよりもソフィーはどこかな? 小生、未だ鼻やら耳やら調子が出ないんだ」
「はい、オーボルトがすぐに安全な場所へお連れいたしますね。それから、その、交尾を……」
「うん、そうだね。で、ソフィーはどこ?」
 部屋ではオーボルトが輝くような笑顔でグリエルモに抱きついていた。しかしグリエルモは未だ熱も下がりきっておらず、表情が普段以上にボーッとしている。昏睡に近い状態に比べたら目覚ましい回復ではあるが、まだまだ全快には程遠いようである。
「ほら、そういう馬鹿は後にして! ここから出るわよ!」
「ああ、ソフィー! 戻って来てくれたんだね!」
「あんたはおとなしくしてる。早く行くわよ」
「コノ雌猿メ……グリエルモ様二何トイウ無礼ナ口ヲ」
「何!? 何か言った!? 急いでるって言ったの忘れたの!?」
「あっ……いえ、何でもございません」
 手早く二人をまとめ、すぐさま町から脱出するためグリエルモの準備に取りかかる。まともに動けないグリエルモはオーボルトが背負って行動する。その際、振り落とされたりしないよう紐で硬く二人を縛って結びつける。人間には少々きつすぎるほど強く結んだものの、オーボルトはその方が嬉しいらしく動きも良くなるため、とりあえずグリエルモの体はほぼ密着するほど固く縛りつけた。
「まずは隣町へと向かおう。それからは状況次第だが、このまま北端にある港町へ向かい本国へ直接渡る。連絡は今後避けた方がいいだろうな。どんな通信手段を使おうと、まず軍部の盗聴の危険性がある」
「前から気になってたんだけどさ、諜報部ってどういう通信手段使ってる訳?」
「そうか、うちに来る気になってくれたか」
「やっぱ知りたくない」
 準備が整うと早速四人は宿を出て街の外へ向かい駆けた。街の出入り口は港とは反対方向にあり、向かえば向かうほど軍艦からの砲火や上陸部隊と遭遇する危険性も減る。しかし軍部がどこまで包囲網を敷いているのか不明瞭な現状、たとえ街を離れても安全であるとは言い難い。そのため自分達が思いつく限りの最善を尽くす事にどれだけ効果があるのかも不安でならなかったが、しかし何もせず無為に過ごすのは性に合わず、ただひたすら善処を自分に言い聞かせソフィアは走る。善処すればするほど事態が悪化している予感も過ぎるが、それについては意識して考えないようにする。
 昼間だというのに無人の街には自分達の足音がやけに高く響き渡った。普段は雑踏に紛れている自分の足音が物珍しくすら思う。駆ける足音ばかりか口でする呼吸すらも追っ手を呼び寄せてしまうのではないかという不安を誘ってくる。諜報員だけに追われるならまだしも、軍部が戦艦に乗ってやって来ると言うこの異常事態に危機感が常駐する頭にはどんな些細な事でも見逃さず警戒するのだが、そんな自分の背後からオーボルトの実に機嫌の良さそうな歌が聞こえてくると、溜息と共に緊張も抜け適度に脱力感を覚えた。こんな時ほど馬鹿がいると精神的に楽だとつくづく思う。特にそれが、底抜けの楽天家であり無敵の竜族であれば尚更だ。
 無事に街の入り口付近まで到着すると、数日振りに目にしたそこには明らかな異変が生じていた。街と外部を隔てる外壁とその唯一の連絡口である門には大量のレンガが積み上げられ間然に封鎖されているのである。ただの封鎖ならばせいぜい廃材を並べる程度だろうが、これは人為的に締め出すために建設されたものとしか思えない。退避させた一般人が戻って来れないようにするためならば、ここまで手の込んだ封鎖を行う必要は無い。これは明らかに残っている者達を閉じ込めておこうという意図で行われたものだ。
「向こうは諜報部と銀竜が繋がってるって知ってるんだっけ?」
「おそらくな。銀竜が不調である事もだろう。だが、オーボルトの事は知らないだろう。そうでなければこんなものは作らない」
「でしょうね。ってことはつまり、黒鱗との一連の事件に関わった連中を全て消そうって魂胆かしら?」
「オーボルトの件も、あの事も……やはり軍部の仕業だという事になってくるな。下らん組織のためにここまでやるとは、つくづく諜報部とは理念が合わない」
「ホント、あんたらの方が遥かにマシだわ。さて、と。オーボルト、これ邪魔だからぶっ壊して」
「……何故私ガ雌猿ノ命令ナド」
「グリエルモがこのままじゃ困っちゃうんだけどな」
「分かりました! このオーボルト、グリエルモ様のためなら太陽すら取って来て差し上げます!」