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 封鎖を力ずくで破り、街道を若干避けた荒野をひたすら北上する。さすがに街の外まで軍部の包囲網などはなく、まずは警戒を解ける状況となった。しかし今後の行き先は未だ不透明でまだまだ楽観は出来ない。ある程度余力は残しつつも、可能な限りの早い足取りで目的の街へと急いだ。
「そういえばさ、さっき何気に本国へ直接赴くとか、さらりと凄い事言わなかった?」
「言ったが、何か問題が?」
「銀竜と黒鱗と、いい手みやげにするつもりじゃないわよね」
「まさか。本当にそうするつもりなら、まずお前には解毒薬など飲ませない」
「実は別な種類の催眠剤もある、とか言わないわよね」
「いい着眼点だ。技術局に提案してみよう」
 トアラが僅かに口元を歪めた程度の薄い笑みで機嫌良く答える。この男の場合はいちいちどれが本気かどうかなどと疑問だが、今はこういった軽口でも言って貰った方が気が休まる。竜のそれとは違い、トアラの軽口はかなり現実的な余裕を感じさせてくれる。これまでは乗せられ騙される事が多かったが、やはり味方につけておけば頼もしい人物に違いは無い。宿り木が同じであればもっと信用は出来るのかもしれないが、さすがに同じ枝に止まるには木の根があまりに深過ぎる。今が適切な距離なのだろう。
 軍部の追撃も無く、順調に北上していく四人。街のみならず地域一帯を封鎖しているせいか行き交う人の姿は全く無い事が気がかりだったが、それは逆に余計な痕跡や混乱の原因を取り除いてもらったものと思えば不都合は無い。当分はこのまま何事も無く進めるだろうとルートを街道へ戻し、ペースも幾分か緩め先を急ぐ。
「しかし、それにしても」
 ふとソフィアは背後のオーボルトを振り返る。オーボルトはブランケット一枚を羽織っただけで、その上にグリエルモを背負うため紐を幾重にもきつく捲きつけているため、尚更扇情的に映る姿だった。しかし当の本人にそういった自覚が無いところを見ると、竜族とは人間のような恥じらいの概念が無いのかもしれない。
「この格好はさすがに目立つわね」
「グリエルモ様は置いていきませんよ」
「そうじゃなくて。町に着いたら一旦外で待ってて貰うわ。服を調達してくるから」
「そうですか。でしたら、先程のような破廉恥なものではなく、もっと落ち着いた服をお願いいたします」
「はいはい。男に媚売るようなのは買わないから」
「あの、それからついでに。胸元を合わせ直して戴けますか? 少し苦しくて、ずれそうなんです」
「うわ、腹立つ」
 グリエルモは相変わらず体調が戻ってはおらずオーボルトの背中に縛り付けられたままぐったりとしている。時折顔を挙げ自分の名前を呼んではオーボルトに頬擦りをされたりと、現実には半分だけ留まっているような様子である。
 そもそもグリエルモの体調不良は、自分が竜族から忌み嫌われていると知っただけでなく命すらも狙われているという現実を直視させられ、そのショックからの体調不良だと思われる。人間でも精神状態によって体調を崩す事はさほど珍しい事ではない。万物で最も繊細で機微に鋭い存在である事を自称するぐらいなのだから、知らぬ間に一族から追放されていたという事実で受けた衝撃がこの事態を引き起こしたとしてもおかしくはない。唯一の救いは、精霊がグリエルモの味方である事と、何よりもオーボルトの存在だろうか。グリエルモはあまり気に留めてはいない様子だが、少なくともオーボルトはグリエルモに対して半ば崇拝とすら取れるほどの情愛を込めている。オーボルトはこの先も変わらずグリエルモの味方でいてくれるだろうし、それによりグリエルモが泣いて嫌がる孤独感というものも和らぐだろう。
「ねえ、仮に軍部は黒鱗とその関係者を根こそぎ消しにかかったとするわよね」
「妥当な所だろうな。今頃はあの二人を回収し終え、アヴィルドとヴェルバドを始末しているはずだ」
「だったらさ、軍部って竜族に対抗する力があるってことかしら? 竜殺しのようなものか、もしくはそれ以上のものか」
「無いとも否定出来ないな。特殊武器開発局にも潤沢な予算が当てられているのだから、相応の成果はあるだろう」
「案外さ、実験を兼ねてるかもしれないわよ。確か強硬派が来てるらしいんでしょ?」
「そうなると、いよいよ竜族を排除にかかり始めた事になるぞ。銀竜も無関係ではいられなくなる」
 今後の課題は人間社会における竜族の立場だ。今までは正体さえみだりに見せなければ問題は無いと思っていたが、データとして取られマークされている以上は今後から有無を言わさず攻撃を受ける可能性が高くなる。しかもただの武器ではなく竜族に有効なものなのだ、下手をすれば追放どころか命そのものを奪われかねない。アヴィルドとヴェルバドはさておいて、今度の標的はオーボルト、そしてグリエルモとなるだろう。黙って竜の島へ帰るのであれば見逃してくれる可能性もあるはず。だが、追放されたグリエルモとその後を追ったオーボルトには戻るという選択肢は無い。
 果たして軍部と徹底抗戦となればどちらが勝つのか。少なくともグリエルモとオーボルトは不利となる要素ばかりが並んでいる。そればかりか、自分自身も竜族の関係者として認知されているのだから、竜族を排除にかかる軍部が見過ごす訳が無い。協力か死か、極端な話そういった選択を求められるだろう。
 既にまとまった資金もあり諜報部から父親の特赦状も得られるのだから、仮にグリエルモがいなくなったとしても生活に支障は何ら来たさない。しかし、初めからそういった選択は眼中には無い。面倒事も諍いも出来る限り避けるのが信条であっても、理屈抜きで譲れないものはある。だから時折、そういった合理的ではない選択を選び意地を通そうとする事がある。そう、自分はもう竜族という存在を見捨てられなくなってしまったのだ。