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「何よ、急に。どうかした?」
「そうだ、何かおかしいと思ったら……!」
 突然血相を変えて声を荒げるトアラに首を傾げるソフィア。しかしトアラはすぐに自らを落ち着け平静を取り戻すと、改めて神妙な面持ちでソフィアの方を向き直った。
「いいか、どこで聞かれているかも分からない、ここからは言葉と声の大きさを慎重に選べ」
「何よ改まって。別にそんな構えなくてもいいじゃない」
「なら訊くが。何故、毛布一枚のオーボルトを街の人間は誰一人として不自然に思わなかった? 何か納得の行く説明がお前には出来るか?」
 単に変な格好をした人間に関わるまいとしただけではないだろうか。
 初めそう考えたソフィアだったが、すぐにその認識は改めた。思い返せば、道行く人々は確かにオーボルトに対して何の接触もしてはこなかった。だがそれ以前に、明らかに初めから一瞥さえもしようとはしてこなかった。まるでオーボルトがそこにはいないかのような振る舞い、それは自然な反応ではない。裸に毛布だけ羽織った美女が白昼堂々と歩いているのだから、鼻の下を伸ばしながらにやついたり、けしからんとばかりに不快の色を浮かべたり、憲兵や自治団が取り締まりに飛んで来るのが普通だ。
 この船まであまりに順調に辿り着いてしまった異常さに気付いたソフィアは、顔から楽観の色が綺麗に消え去った。
「……何が言いたいの?」
「おそらく、あの町の人間は軍部の者かその息がかかった人間だ。そしてこの船も」
「壮大な劇団ってこと? まさか」
「そう思うだろうが、実は前例がある。かつて軍部が敵国の補給部隊を襲うため架空の町をでっち上げた事もあるからな。既存の町を乗っ取るのはたやすいことだ」
「それはあまりに採算取れてない気がしないでもないけど……とにかく、私達がここへ誘い込まれた可能性は高そうね」
 事を静かに運ぶ諜報部に対し、軍部のやり方はあまりに過激である。物理的に可能であれば強行する、物量に物を言わせた消耗戦も辞さないだろう。それだけ軍部は竜族の存在を驚異と感じ徹底的に排除の姿勢を貫くつもりなら、想像の範疇はどれだけ突飛でも起こりえる状況であると心がけなければなるまい。
 諜報部とはまるで正反対である軍部のやり方にソフィアは少なからずの恐れと危機感を抱く。
「それで、どうしよう? ボーッとなんかしてられないわよ」
「だが、しばらくは様子を見る以外に何も出来ないだろう。船が街を離れきるまで、向こうは厳重な警戒網を敷いているはずだ。下手に動けば何をするか分からない。それこそこの船を吹き飛ばす事すらも十分あり得る」
「でも沖に出てしまったら、いよいよ攻撃を仕掛けてくるんじゃないの?」
「そういう事になる。だから今の内に作戦を練ろう」
「どんな作戦?」
「まずはこちらの利点を生かす方法だ」
 まんまと誘い込まれた自分達に、一体どんな利点があるのか。ソフィアは怪訝そうな表情を浮かべる。
「利点って何? 竜族が二人いるって事ぐらいだけど」
「まず一つは、誘い込まれ事に気づき反撃の体勢が取れること」
「完全な不意打ちを食らうよりはマシってことね」
「そして、もう一つ」
 するとトアラは上着の中から小さな小瓶を一つ取り出して見せた。
「何、それ?」
「向こうの出方によっては、これが生きてくる」