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 とにかく、まずはトアラの真意を確かめるべきではないのだろうか。突然の状況に理解が追いついていない事を自覚したソフィアは、一旦状況を静観することにする。
 その間に、軍服の青年はトアラを近くのボックス席へと促し、トアラと共にそちらへ移って行った。すぐにソフィアもその後を追うが、グリエルモとオーボルトがカウンターの中へ無理矢理入ろうとしているのを目にし、慌ててそれを止めさせる。そのせいで二人の座る席には、グリエルモとオーボルトを引き摺るようにして向かわなければならなかった。トアラはともかく、接点の無い人間にこういった姿を見られる事は屈辱的とも呼べるほど恥ずかしい。
「ソフィア、彼は軍部のザリスト大佐だ」
「初めまして、ソフィアです」
「こちらこそ、初めまして。本物の竜使いにお会い出来て光栄ですよ」
「竜使い?」
「失礼。我々の間で君はそう呼ばれているのだよ」
 何だ、そのあだ名は。
 失礼だと憤慨するよりも、自分の知らぬ所でそういった呼ばれ方をしているという事実はあまり喜ばしい事ではなく、かと言って猛然と抗議するにはあまりに相手が大き過ぎるため、もはや脱力感しか込み上げては来ない。そのため、自然と口から漏れたのは力のない腑抜けた笑いだった。
「あれが銀竜、そして黒鱗の残る一人か」
「そうだ。先に釘を刺しておくが、彼らは非常に誇り高い。迂闊な言動は控えておくべきだ」
「ヴォンヴィダル家の一件は聞いているよ。私もそこまで酔狂じゃあない」
 ザリスト大佐はそう含み笑い、二人の方へおもむろに視線を向ける。たまたま視線の合ったオーボルトは反射的にグリエルモの背中へ身を隠す。グリエルモはそのどちらにも興味を示さず、のんびりとした普段の調子でテーブルの上にあったタバコへ手を伸ばし匂いを嗅ぎ始めた。
「そうだ、私の所に来たトラウスとリンクスと名乗った人間だが」
「あの二人の事は悪かった。直接命令出来る立場でもないんだが、勝手な行動を許してしまった」
「気にするな。どうせこちらも、あの騒ぎの最中早々に見捨ててきたのだから。救出部隊が出ていたが、無事だったのか?」
「ああ。もっとも、独断で艦を動かした事は不問にはならないだろう。そういう意味では無事ではない。偽りの階級にそのまま降ろされるかもな」
「佐官から尉官以下の降格なんて前代未聞だ」
 さも愉快そうに笑う二人。何がおかしいのかも理解出来ないソフィアは、二人がどれだけ自分とは違う世界に住んでいるのかが身に染みる。そして、何時の間にか巻き込まれてしまったり、そういった世界観に馴染んでしまわぬよう硬く厚い他人の壁を築いた。
「アヴィルドとヴェルバドはどうした? 別れ際に催眠剤を投入したんだが」
「やはりお前の仕業だったか。現場に到着した上陸部隊が一時身柄を確保したが、その時は眠りこけたまま目を覚まさなかったため楽に拘束出来たそうだ。だがその後突然と覚醒し、拘束を引き千切ってどこかへ消えてしまったそうだ」
「随分と効き目が短くなったものだ。竜族用の催眠剤は知っているな? 効き目はあるのだが、どうやら繰り返し使うごとに耐性が出来てしまうようだぞ」
「本当に一時凌ぎにしか使えないという事か。まあいずれ、軍部が耐性の出来難い新型を開発するだろうさ」
 いつまでこんな会話をしているつもりなのか。まさか本当に世間話をしに来た訳ではあるまいに。
 そうソフィアがじれ始めた時だった。不意にザリスト大佐の口調が神妙なものに変わった。
「所で、今の名前は何だったかな」
「トアラだ。この任務中は」
「では、トアラ。ここへは何をしに来た? まさか世間話をしに来た訳ではあるまい。自分が置かれた状況と、これまで何をしてきたのか、全く分からぬはずはないだろう」
「ここが軍部の船と分かったからには、刺し違えてでも大将首を取っておこうと思ってな」
「猿芝居はよせ。お前達諜報部がそれほど殊勝な心がけをしているなんて聞いたことがない。こそこそと影から騙し討ちをするのが常套だろう」
「的を射てはいるが、随分と見下げ果てられた気分だな」
 二人の間の空気が少しずつ変質していく。これまで和やかだったのが、見る見る内に固く張り詰めていくのが手に取るように分かる。それはまるで水が凍っていく様を早回しで見ているような気分だった。
「なら、率直に訊ねるとしよう。ここへ我々をおびき寄せたのは、竜族とそれに関わった人間を消すためだな?」
「表現が穏やかじゃないな。もっとも、全ては否定しないがね」
 ぞっとするほど冷ややかな視線。それは直接こちらへ向けられたものではなかったものの、思わず込み上げてきた恐怖のあまり傍らのグリエルモの手を取ってしまった。いきなり手を取られた事でグリエルモは顔を綻ばせながらも不思議そうに様子を窺ってきたが、その神妙な面持ちに珍しく場の空気を読んだのか口を挟むことはしなかった。
「その口振りでは、私に直接言いたかった事があるようだな」
「そうだ。遠慮なく言わせて貰う。『よくも今まで謀ってくれたな』と」