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 鬼気迫ったトアラの姿にソフィアは思わず息を飲む。以前にも露骨に殺気を向けられた事はあった。しかし今度はそれとまるで比べ物にならなかった。対象になっている訳ではないというのに、息をする事すら躊躇ってしまうほど恐ろしくてたまらなかった。
「謀る? 何の事だ」
「ラルスを殺したのは貴様ら軍部だな。それを恰も黒鱗がしたかのように工作し、諜報部をまんまと騙しそう思わせた。大佐であるお前が無関係だったとは、この期に及んで言わせはしない」
「少し誤解があるようだ。確かに私は把握はしていたが、当時その件には関わっていない」
「つまり、軍部の関与は認めるという事だな。だが、知っていながら傍観したのなら同じ事だ」
「傍観ではない。管轄の違いだ」
「それだけで片付けられる事か。お前が見捨てたのがその他大勢なら納得はする。だがラルスお前の弟だ。管轄の違いだけで割り切れるはずはない。それともお前にとっては、弟もその他大勢も同じなのか、ザリスト」
「仕事に私情は挟まない。単にそれだけの事だ。わざわざ説明する必要があるのか? 公私混同の上、軍部の体制非難とは、お前らしくもない」
「……ふざけるな!」
 直後、トアラが怒号を発しながら席から飛び出した。蹴り足とは逆の足でテーブルを音もなく踏み込むと、それとは一挙動で隠し持っていた竜殺しが抜き放つ。放った勢いを殺さず乗せたのまま白刃をザリスト大佐の首筋へと走らせた。
 突然の事態に驚くよりも、まずは目だけを大きく見開いたソフィアが把握出来たのはそこまでだった。次に我に帰った時、周囲にはまるでベルのような甲高い金属音が響き渡っていた。
「わっ?」
 目の前のテーブルから小突いたような小さな音が鳴る。それは手のひらほどある細長く鋭い金属片だった。時折見た、トアラの所有する竜殺しの刀身である。身を乗り出せばどこかへ刺さっていたであろう距離に、ソフィアは思わず驚き余計に身を退く。
 直後、店中の人間が一斉に立ち上がった。各の腰には一振りのサーベルが携えられ、いつでも斬りかかれるとばかりに構えを取っている。だがザリスト大佐はそっと右手を上げ、彼らに待機の意味らしい合図を見せた。
「愚かだな。感情に任せ唯一の武器を失ってしまうとは」
 ザリスト大佐は、左腕で抱え上げるように剣を構えていた。あの瞬間、即座に剣を抱え上げ親指で鯉口を切り、鞘から露出した僅かな剣身でトアラの竜殺しを受け止めたようである。トアラは自ら竜殺しで剣の刃を打つ格好となり、そのまま当たり負け折ってしまった。
「その剣……竜殺しか」
「そうだ。切れ味が同じなら後は質量で勝負が決まる。こうして少し剣を支えてやれば、斬りかかった方が勝手に自滅してくれる。普段のお前ならこうなる可能性も視野に入れ、迂闊な行動は控えていたはずだ。ラルスの事で頭に血が昇ったか」
 ザリスト大佐は命を狙われた直後だというのに、事もなさげに剣を収め襟を軽く正した。こんな事など日常茶飯事だと言わんばかりの落ち着きである。それとは逆にトアラは自らの迂闊さが身に染みたのか、折れた竜殺しの柄を握り締めながら悔しそうに奥歯を噛んでいる。
「ザリスト、こんな船まで用意してお前は、ラルスの次は私までも殺すつもりなのか。竜族に関わった者を皆殺しにし竜族も追い出すのが、軍部の命令だからと。だが、私はともかく竜使いは単なる一般人だ。我々の諍いなど、ほとんど事情も知ってはいない。にも関わらずお前は、愚直にも命令に従おうというのか? あくまで任務に私情は挟まずに」
 するとザリスト大佐はそっと目を伏せ一笑しながら剣を収め、徐にトアラの顔を見た。
「私は親友をわざわざ策略にかけて殺すような非情な人間ではない。ましてや、年端もいかぬ子供を手に掛けるなど考えるだけでもおぞましい」
「だが、命令があれば出来るのだろう?」
「お前は誤解している」
「何をだ」
「私という人間を、だ」