BACK

「誤解? 感情的な語弊はあるかもしれないが、大筋での間違いはないはずだ。お前はラルスが軍部に殺される事を知りながら、敢えて静観した。その結果、ラルスは黒鱗に挑み殺された事にされた。どこに間違いがある?」
「私は何も傍観していた訳ではない。ただ、その事後報告を受けただけだ。全てを知ったのは、事が全て片付いてしまった後だ」
「なら、何故黙っていた? あえて諜報部に誤った情報を把握させておく事が軍の命令だったからか?」
「その通りだ。軍部が諜報部所属の人間を謀殺したなどと、わざわざ波風の立つような事を口に出来るはずがない」
「ザリスト。お前は私を、らしくない、と言ったな。だが、その台詞はそのまま返させて貰うぞ。お前こそどうかしている。たとえ命令でも承伏しかねるものには従わないと、今し方自ら言ったばかりだぞ。お前は特開局如きの予算のため弟を謀殺されて何も感じないのか? 真相を諜報部に明かすなと言われて承伏出来たというのか?」
 トアラの言う通り、ザリスト大佐の主張には矛盾がある。ただし、承伏出来なくとも個人で軍部に逆らう事が出来るはずもなく、承伏せざるを得ない背景があったのだと、それは当事者ではないソフィアにすら容易に想像が付いた。当然、それはトアラにも理解出来る範疇の事だ。そんな分かり切った事を追求するのは、単に気持ちが整理出来ていないための感情論に走っているせいである。
 ザリスト大佐も望んでこういった状況に陥った訳ではない。それなりに高い地位にあるのだから、それだけ思うようにならない理不尽に縛られる事もあるだろう。そうソフィアは半ば同情したい気持ちで、トアラに責め立てられるザリスト大佐へ視線を向ける。
 だが、そこにはあるべきはずの苦悩の色は無かった。口元に浮かんでいたのは、底知れぬ不気味な笑みだった。
「いいか、トアラ。私は軍部がラルスを謀殺し隠蔽した事について、ただの一片たりとも不満や疑問を抱いた事はない。それよりもむしろ、恙無く片付けてくれた事に感謝すらしたい程だ」
「ザリスト、貴様……。自分が何を言っているのか理解しているのだろうな」
「分かっているさ。お前以上にな。トアラ、むしろ状況を理解していないのはお前の方だぞ」
 薄気味悪ささえ感じるザリスト大佐の笑み。それは立場の優劣とも弁論の勝敗とも違う、もっと別な次元に自分はいるとばかりの態度として映る。
 問い詰めているのはトアラだというのに、対するザリスト大佐のこの余裕ぶり。部下をはべらせ圧倒的に優位な状況にあるため意に介していないのか、そもそもトアラの言及自体にさほど意味を感じていないのか。何を考えているのか良く分からないザリスト大佐の動向からソフィアは目を離せなくなっていた。
「何故、私は軍部を恨まないのか。それは、ラルスが殺されて当然の事をしたからだ」
「殺されて当然? 仕事とは言え、ラルスが大勢の人間を殺めてきたからとでも言うのか?」
「そんな倫理的な話ではない。ラルスの任務が黒鱗の監視だった事は知っているだろうが、ならラルスはどこの誰を監視していたか知っているか?」
「アヴィルドかヴェルバドだろう。定期報告には男の竜と出ている。二人の外見はそっくり同じで見分けはつかない。だから、そのどちらかだ」
「しかしそれは、ラルスが捏造した嘘の報告だ。正確な報告は最初の数回で、残りはほとんど出鱈目の内容だ。それは黒鱗の情報を軍部に連携していた諜報部も認めている。ただ、当事者に繋がりのあるお前には知らされていないだろうがな」
 嘘、という言葉がよほど深く突き刺さったのか、トアラの瞼が一瞬痙攣する。先ほどから終始殺気立っているため、傍らのソフィアは息苦しさなど通り越した居心地の悪さを感じていた。竜殺しで突然襲い掛かったように、また何か別なアクションを今にも起こすのではないか。いい加減この空気に耐えかねたソフィアは、ザリスト大佐の話す内容に興味は抱きつつも閉塞感の方が先立ってしまい、席順をグリエルモとオーボルトの次へ移した。
「駆け引きのつもりか? だが、言葉は慎重に選べ。ラルスを侮辱するつもりなら、今度こそお前を殺すぞ」
「嘘偽りは言っていない。誓ってだ。私がそこまで器用な性格ではない事ぐらい、お前も知っているはずだ。それなのに、親友に殺すなどと言われるのは悲しいね」
「ならば、一体何故ラルスはそんな嘘の報告をしたというのだ? そもそもラルスにそんなリスクばかりで旨味の無い事をする理由が無い」
「簡単な事さ。ラルスが実際に監視していたのは、オーボルト。そこの彼女だからさ」
「オーボルトを監視していた? それが何故、嘘の報告に繋がるというのだ。黒鱗の一人ならば、そのまま報告すれば良いはずだ」
「野暮な質問だな。美しい女性を諜報部のような組織に関わらせたくない。そう考えるのは、大抵の男ならあって当然ではないのか?」