BACK

「ったく、また面倒なのが来たわね……」
 突如現れたアヴィルドとヴェルバドに対し、ソフィアは露骨に苛立ちの色を浮かべ舌打ちする。その仕草が自分に対するものと勘違いしたのか、座っているオーボルトの腕がビクッと震えた。
「何ダ、猿ノ分際デソノ態度ハ!?」
「グリエルモトイイオーボルトトイイ、不愉快ナ連中バカリダ」
「どうでもいいけどさ、何の用? 私ら忙しいんだけど」
「我々ヨリ優先サレル事ナノカ?」
「あんたらを優先する事の方が少ないわよ」
「何トイウ言種カ……マルデ存在ソノモノヲ否定サレタ気分ダ」
「アンナ酷イ事ヲ平気デ言ウノダカラ、相当性根ガ腐ッテルナ」
「もういいわ。グリ、あいつら追っ払って」
「ヨシキタ、今日ハ粗大ゴミガ多イネ」
 ソフィアの頼みならばと、銀色の竜の姿に戻っているグリエルモは意気揚々と鼻を鳴らし肩を解す。普段なら自分は平和主義者だからと駄々をこねるのだが、久しぶりに加減無しで暴れ気が高ぶっているせいか、珍しく好戦的である。
 だが、
「マ、待テ! スグニ暴力二訴エルノハ悲シイヨ!」
「我ラハソコノ雌猿ト話ヲシタイノダ! グリエルモハ退ケテ貰イタイ!」
「私に?」
 黒鱗からまさかの指名。これまでの言動からはグリエルモにしか執着は無く、自分を雌猿呼ばわりするように人間などまるで無関心だと思っていたのだが。
 何か思うところがあるのか。それとも、何かしら駆け引きのつもりか。どの道、竜族に自分を騙しきる嘘がつけるとも思えず、まずは向こうの申し出を受ける事にする。
「グリ、『お預け』」
「アウアウ」
 グリエルモを下がらせ、黒鱗の申し出を受けるという姿勢を見せる。すると、黒鱗の片方の体が突然めきめきと音を立てて体を縮めさせたと、そのままもう片方の黒鱗の差し出した手のひらに着地した。そこには黒髪の目鼻立ちの整った青年の姿があった。しかし着衣は何も付けてはおらず、それを気にも留めない堂々とした姿勢にソフィアは怪訝そうに眉をひそめる。
「乗っちゃったけど、別にいいよね?」
「聞くだけなら構わないと思うよ。それにいざとなっても、こちらには銀竜がいるんだし。彼らだって痛い目を見るのはどっちかぐらい分かってるはずだからね」
 これで一応の備えは整った。
 さて、これまでグリエルモに散々苛められてきた挙げ句、久々の再会にも顔すら覚えて貰っていなったという、おおよそ思いつく範囲で最も屈辱的な仕打ちを受けた黒鱗の二人。それが何故今になって自分に話し合いを求めてきたのか。様々な仮説を並べてみたものの、知恵の回り具合を考慮すれば大方の予想はついてしまう。
「僕はアヴィルドだ。えーと確か君の名前は」
「ソフィアよ」
「そうそう、ソフィアだ。勿論、覚えているよ」
「軍部に捕まった後、方々の体で逃げ出して来たんだって? お疲れさま」
「あれは……別にいいですよ。どうせ僕なんて、何をやらせても……」
「落ち込むのはいいけど、さっさと用件話してくれるかな」
「それもそうだ。それで、ソフィア。君にはお願いがあるので必ず意向に添うように」
 竜族は基本的に人間を見下しているため、態度は横柄になりがちである。しかし、全裸姿の間抜けな格好をした男に命令口調で踏ん反り返られるほど屈辱的な事は無い。相手が竜族だから仕方がないと諦めてはいるつもりでも、同じ竜族でも人間のように根の部分が違う者がいるからなのかグリエルモに対するような愉快な気持ちにはなれなかった。
「お願いする態度じゃないわね。で、何? まず聞くだけなら」
「実はグリエルモを死んだ事にしたいんですよ。それで協力して貰おうかと」
「ああ、結局諦めたんだ。怖くて近づけませんでした、じゃあ格好付かないからね。しかも、人間如きに何度も捕まっちゃうし」
「ち、違いますよ。グリエルモに関わるとろくな目に遭わないし、オーボルトもまるで言うことを聞いてくれないから、いい加減竜の島に帰りたくなっただけです。もううんざりなんですよ、猿の国は。お前如きに小馬鹿されるし……本当にうんざりする……」
 グリエルモに対する感情はともかく、人間社会にこれ以上潜伏するのはうんざりだというのは間違いなく本音だろう。過去の黒鱗の報告はそういったフラストレーションから来たものに違いない。人間なら気分が落ち込んだ時は気晴らしの手段が無数にあるが、ちょっと躓く度に町を一つ滅ぼされたのではたまったものではない。グリエルモに固執する事を諦めて帰ってくれるのであれば、それはむしろ歓迎すべき事だ。
「まあ、グリを倒そうなんて無謀としか言いようが無いからね。賢い選択だと思うよ」
「小生ヲ殺セルノハ君ノ罵リ声ダケダヨ」
「あんたは黙ってる。で、具体的に何すればいいの?」
「とりあえず竜の島に来て貰って証言をしてくれればいいです。長老が納得すれば大丈夫なので」
「一つ訊くけど、竜の島って人間が立ち入って大丈夫なの?」
「まあ、目的が終われば十中八九殺されますね。でも、人間なんて大して長く生きられないのだから問題は無いでしょう」
 根本的に何も分かっていない。
 少しでも期待した自分が浅はかだったと、ソフィアは溜息をつき額を押さえる。竜族が物分りは悪く自分本位にしか考えられない事は知っているにしても、幾分かの賢明さを期待したのは無駄だった。そもそも知性を竜族に求めるのは間違いだったのだ。
「グリ、やっぱ沈めていいよ」
「アイアイ。君ノタメナラ喜ンデ地ヲ這オウ……オウッ?」
 ソフィアの許可を得て意気揚々と肩をほぐすグリエルモが再び進み出ようとしたその時だった。唐突に奇妙な声を上げるなり、グリエルモはその場に硬直する。グリエルモはそのまま鼻をひくつかせながら周囲を見回す。一体何をしているのだろうかと不審に思うソフィアだったが、良く見ると自分の座るオーボルトも同じように周囲を気にし始めている。アヴィルドやヴェルバドも同様に周囲を気にし始めているが、心なしかそわそわと落ち着きが無くアヴィルドにいたっては顔色も悪いように思う。トアラはソフィア同様この状況が今一つ理解出来ておらず困惑の表情を浮かべている。
「ねえ、グリ。どうしたのよ急に。みんなもさ」
「アア、コレハモシカシテ。懐カシイ人ダゾ」