BACK

 巨大な妖魔の姿は三ノ丸の櫓からも確認する事が出来た。
「ぬう……妖魔め、どうあっても城を落とすつもりか」
 勝往は顔をしかめながら櫓から飛び降りる。
 勝往は異様な巨大妖魔に戦慄を覚えていた。あのような規格外の異形を目の前にし、兵が士気をどこまで保てるのか不安だからである。場合によってはあっという間に総崩れになってしまってもおかしくはない。まずは一体だけでも出来るだけ早く討ち取り、士気を向上させなければならないだろう。
「狂次殿に連絡を取り、兵を正門へ集めさせるのだ。これより本多は討って出る」
 勝往は鹿角の兜をかぶり厳しい頬当てをつけ馬に跨る。手には常人なら持ち上げる事も適わない一丈五寸の大槍を携える。
「これより本多は正門にて大妖魔を討ち取る! 往くぞ!」
 本多隊が正門へ向かって進軍を開始する。
 既に正門近くは妖魔で溢れ返っていた。門こそ破られていないものの、巨大妖魔が城壁へ覆いかぶさり城壁の中へ自ら道を作り出し、その背を伝って次々と妖魔の兵が入り込んできていた。ただ、何故かこの巨大妖魔は体中から真っ赤な血を流していた。見れば体のあちこちが細かく破裂し、今も尚沸騰しているかのように煙を上げている。心なしか巨大妖魔の様子が苦しんでいるかのように見受けられた。
 正門が開いていないという事は榊原や鳥居は奮戦中だが非常に劣勢なのだろう。ここまで妖魔に入り込まれていては開いていようと閉まってあろうと関係は無い。ただ討ち滅ぼすのみである。
「一気呵成に攻め込め! 妖魔共を城から追い払うのだ!」
 本多隊は鬨をあげながら一斉に妖魔へ突進していった。正門付近へ集合した妖魔は集団戦法を用い本多隊を迎え撃とうとするものの、一人で妖魔数匹を一度に討ち取る精鋭ばかりが揃った本多隊にはまるで歯が立たなかった。怒涛の如く攻め押し寄せる本多軍によって妖魔は次々と討ち取られていく。
 勝往は大槍を振り回しながら馬を駆り正門まで単独突っ切った。正門を開け、榊原鳥居との連携を図るためである。ただ、どういう訳か正門の付近は妖魔がまるで寄り付いていなかった。あれだけ勝往に勇猛と向かってきた妖魔の雑兵は、勝往が正門に辿り着いた途端、周囲を囲むばかりで近づこうとしない。この奇妙な状況に訝しみながらも、勝往は馬を降り閂へ手をかける。
「む? これは……」
 その時勝往は閂に奇妙なものをみつけた。それは神道のものらしき札だった。似たような札が何枚も閂へ貼り付けられているのである。
「大神実命……か」
 一体誰がどういった目的で貼り付けたかは分からないが、躊躇している暇は無いため勝往はすぐさま閂を外し門に手をかける。普段は数人がかりでなければ開ける事の出来ない正門だが、勝往は人並み外れた豪腕で門をあっさり開いた。
「これは、勝往殿か!?」
 門の向こう側には仁之介の姿があった。門の外は内部以上の妖魔で溢れかえっており、戦は混戦に混戦を重ね既に大半の兵が屍となって積み上がっていた。この散々たる状況を目にした勝往は、すぐさま大槍で妖魔を蹴散らしながら仁之介と合流する。
「すまぬ、正門を守る役目ながら妖魔の侵入は食い止められなんだ」
「状況は狂次殿に伝えておる。今に援軍が向けられるであろうから、それまで持ち堪えるのだ」
 黄金色の具足に身を包む妖魔軍は、次から次へと列を成して進軍してくる。幾らそれらを打ち倒してもすぐさま次がやってきて、全く途切れる様子が無い。どこからわいてくるかは分からないが、まるで無尽蔵のような兵力である。
「井伊隊はどうしたのだ、城外にいたはずだが」
「最初に現れた巨大妖魔と戦っている。そら、あの先でござる」
 示された方向には確かに巨大妖魔の姿があった。こちらも全身から真っ赤な血を流しているが、どうやらそれは蒼十朗につけられた傷のようである。
「鳥居殿はどうされた? 鳥居の兵がほとんど見当たらぬが」
「……鳥居殿は、あすこでござる。武運拙く、先に逝かれ申した」
 仁之介が示したのは城壁だった。城壁は血飛沫や兵の体そのものが幾つもへばりついていた。何か凄まじい力によって叩きつけられた様な跡である。正視し難い悲惨な状況、それでも勝往はその中から清兵衛の姿を探そうとするものの見つける事が出来ない。それはつまり、誰が誰なのか遠目からは判別し難いような姿にさせられた事に他ならない。
「……左様か」
 勝往は衝撃を隠せなかった。妖魔との戦で初めて名立たる武将が討死したからである。これまで妖魔を下郎の衆と明らかな格下扱いをしていただけに、もはや此度の妖魔は徳川軍と全くの同格であると認識を改めざるを得ない。
「仁之介殿、ここはもはや捨て置くしかござらぬ。中で援軍と合流し迎え撃ちましょうぞ」
「心得た。全軍、敷地内へ下がれ!」
 命令を受けた兵が徐々に正門へ下がっていく。そして仁之介と勝往は殿を務めるべく、正門の前に立ちはだかった。