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 突然膨れ上がった妖魔の数に本多軍は右へ左へときりきり舞いさせられていた。
 ようやく西の丸に入り込んだ妖魔の大半を打ち倒し残党は掃討するだけという状況まで落ち着いたのだが、再び押し寄せてきた妖魔軍に陣形を立て直さなければならなくなる。今更妖魔の援軍が来ようとも兵の士気は十分、数は大した問題ではない。それよりも気になるのは、妖魔の援軍が城外からではなく本丸の方から現れたという事だ。妖魔は常に城外に出没してから江戸城を目指し進軍して来る。にも関わらず本丸の方からやって来たという事は、どこかの防衛を突破されたか、もしくは本丸に直接妖魔が現れたかのどちらかである。そして何より気がかりなのは、その直前に起こった白い稲妻だ。
「あ! 勝往殿、城に火が!」
 江戸城に僅かな火の手が上がる。しかしその火は瞬く間に燃え広がって行った。
 勝往の中の危機感が頂点に達する。城に火が放たれたという事は、即ち本陣が破られたか落とされる寸前にあるという事。そして本陣には紀家、城には神弥がいる。そうなると、次に取るべき行動は一つだった。
「ここは任せた! 拙者は本丸へ向かう!」
 遂に勝往は僅かな手勢と共に本丸へと向かった。
 本陣に降り注いだあの白い稲妻、城に火の手が上がったのはそのすぐ後の事だ。白い稲妻は白牙の象徴である。やはり本丸に白牙が現れたという事なのか。
 本丸に向かう勝往の前には、これまで城外から攻め込んできた数に匹敵するほどの膨大な妖魔の群れが立ちはだかった。徳川旗本では最強である勝往に猛者揃いの本多軍の兵、多少の妖魔など物ともしないのだが、流石にこの数には足止め余儀なくされてしまう。それでも強引に力押ししていきながらも、何とか本陣を目指しては進軍を続ける。
「む、あれは!」
 不意に勝往は妖魔の群れの中から仁之介の姿を発見した。向こうも同じように幾つか手勢を引き連れ本陣を目指しているようだが、このあまりに多くの妖魔を前に足止めを強いられているようである。
「勝往殿!」
「仁之介殿か! これは一体どういう事だ!? 本陣は無事なのか!?」
「分かりませぬ、本陣へ白い稲妻が落ちたので向かってみればこの有様」
 ならば、今は何も考えず本陣を目指して突き進むしかない。
 期せずして合流した二人は、共に本陣を目指し妖魔を掻き分けていく。敵の頭数が減る訳ではないものの、優れた武辺者が二人集まればその戦力は段違いになる。俄かに勢いを増した二人は、これまでの牛歩のような前進が嘘のように次々と妖魔の群れを突破していった。
 やがて二人の前に、これまでのような雑兵とは明らかに一線を画す異様な妖気の立ちこめる妖魔が三匹立ちはだかった。
 それは巨大な牛頭の妖魔だった。それぞれ巨大な斧、巨大な大鉈、巨大な棍棒を携えている。明らかに武将かそれ以上の強さである事が窺い知れる。
「勝往殿、奴らは拙者に任せられよ。早く本陣へ!」
「承知した」
 ここは私怨よりも戦況を大事にしなければならない。そう割り切った故の仁之介の決断だった。
 二人は一気に妖魔へ突っ込んでいくと、そのまま間を縫って強引に突破した。しかし勝往はそのまま本陣へ向かい、仁之介は踵を返して逆に後を追おうとした妖魔の前に立ちはだかる。その周囲を榊原の手勢が支えるように並んだ。
「さあ来い、妖魔め。貴様の相手は榊原家が当主、榊原仁之介が務めよう」