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「おのれ、本陣は落ちたか!」
 ようやく本陣へ辿り着いた勝往だったが、既に陣幕も三つ葵の上りも焼き払われた後だった。
 それでも群がる妖魔を蹴散らし突き進んでいく。いるのはほとんど雑兵のような雑魚ばかり、勝往の行く手を阻むには至らない。
「上様、どちらへ御座す!」
 声を上げながら妖魔を掻き分けるようにして進んで行く。すると、
「勝往か!? わしは此方ぞ!」
 ようやく妖魔の群れの中から聞こえて来る紀家の声。すぐに勝往は声の聞こえた方へと妖魔を蹴散らしながら向かっていく。そこには僅かな手勢で紀家を守る狂次の姿があった。かなりの数の妖魔に包囲されていたのか、周囲には兵と妖魔の死体が幾つも折り重なっている。
「上様、御無事で!」
「本陣はもう駄目だ。それよりも早く城へ! 白牙が奥へと向かっておる! 神弥が危険だ!」
 そう叫んで指さす江戸城は既に真っ赤な炎に包まれている。この様子では火の手は中奥まで及んでいるかもしれない。
「城には酒井の兵を忍ばせてはいるがさほど時間稼ぎにもならん。一刻の猶予も無い、急げ!」
「承知仕った!」
 勝往はすぐさま城へ向かっていった。
 正面玄関から松の廊下を走り抜け、ひたすら大奥を目指す。既に城の者はどこかへ避難したのか、途中で見つけられるのは黒く焦げた死体ばかりである。
 城内は外以上に大神実命の加護が働いている。にも拘わらず白牙が奥へ進めているのは、おそらくこの燃え広がる炎のせいだろう。大神実命の札は妖魔にこそ力を発揮するが炎にはまるで無力、それで城内に張り巡らされた大神実命の力を衰えさせ、自らの消耗を最小限に押さえているのだろう。ならば、これから白牙を迎え撃つものはほぼ万全に近い状態で相対させられる。急がなければならない。
 勝往は比較的城内を自由に歩ける立場上かなり正確な構造を把握していたが、唯一大奥だけは例外である。大奥は将軍以外の男子は立ち入る事が許されない場所だ。そのため腰元の案内でも無い限りはどこを歩いているのかまるで分からない。だが、外観から神弥の居場所も目安はつけられている。場所は小天守、そこへ続きそうな道を選んで進めばいいはずだ。