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「余計な手間を取らされてしもうた」
 牛頭の妖魔を突破した仁之介は、妖魔の雑兵を掻き分けながら本陣を目指しひた走っていた。
 妖魔の雑兵は着実に数を減らしているものの、同時に自軍の兵の屍も視界から溢れるほどまで増えている。夜明けまでおよそ一刻、いよいよ戦も終局を向かえている。
 ようやくたどりついた本陣は廃墟同然の有り様だった。屍がそこかしこに打ち捨てられ、僅かに陣幕の切れ端が残っている。しかし、本陣の奥には辛うじて兵の姿が残っていた。すぐさま仁之介は駆け寄る。
「上様! 上様は御無事か!?」
 妖魔の雑兵を薙ぎ倒しながら駆け寄る仁之介に兵達は声をあげる。
「仁之介様、よくぞ御無事で! 上様は御健在でございます!」
 だが、仁之介が見せられた紀家の姿は、地面に腰を降ろしながら手当を受けているものだった。額から血を流し、しきりに短く息を吐いている。どうやら妖魔に手傷を負わされたようである。
「その声は仁之介か?」
「はい、遅れながらも馳せ参じました」
 紀家の意識ははっきりとしているようだったが、額からの血は未だ止まっていない。元々血の流れ易い所ではあっても、傷は相当深いようである。
「不覚を取った。妖魔の勢いを受け止めきれず」
 そう語る狂次は、左腕を布で首から吊っていた。顔も土や血で汚れ、紀家以上に負傷しているようだった。本来前線で戦う立場ではない狂次すらこの有り様、本陣の奮闘振りが伺える。
「仁之介、先程城に白牙が向かいその後を勝往が追って行った。お前もすぐに向かえ。我らはここで上様をお守りせねばならぬ」
「承知いたした。お任せあれ」
「正面は既に火が回って危険だ。脇から迂回して大奥へ向かえ」
「いえ、拙者には火などあって無いようなものが故。寸陰も惜しい時、正面から最短距離で行かせていただく」
 そして仁之介は一礼するなり、燃え盛る城の正面へ駆けて行くと、そのまま燃え盛る炎の中へ消えて行った。
「狂次、仁之介はもう行ったのか?」
 息を切らせながら紀家は訊ねる。手当は終わったものの、まだ自力で立つには足元がふらついている。
「はい、自ら火中へ。奴の脚力なら、勝往にもすぐ追いつくでしょう」
「そうか。まこと、あの男は一途よのう」
「うつけ者ではありますが、忠義者でございます」