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「くっ……」
 白牙の白い稲妻を受けた華虎だったが、片膝をつくものの未だ闘志を失わず白牙を睨みつける。
「大神実命の札はあるし手加減もしたんだけど、さすが神弥の護衛だね。まだやるつもりなんて」
 空々しい賛辞と小憎らしい笑みを浮かべる白牙。
「でも、これで僕に勝てない事ぐらい分かったよね。いい加減、諦めなよ」
「軽口を叩く暇があるのか」
 華虎は刀を繰り出し白牙の胴を断ちにかかった。しかし白牙は舞うような軽やかさで飛び退き、難無くそれを避ける。
「しつこいなあ。今度は本当に殺すよ?」
 右手を胸元に構え、白い稲妻を幾重にも束ねる。上座へ視線を向けると、神弥はじっと状況を見据えたまま微動だにしない。しかし膝の上で真っ白になるほど強く手を握り締めている。その様に白牙は、おもむろに嗜虐的な笑みを浮かべた。
「神弥はあくまで君を戦わせようとしてるみたいだね」
「私は己の意志で戦っている」
 音より速く放たれる刀。すると白牙は、今度は逆に間合いを詰めると、振り抜きかけた華虎の右手を刀の柄ごと握り締めた。
「どっちでもいいけどね。とりあえず、どこまでその意地が続くかな?」
 白牙の右手が白い稲妻に包まれた。
 白い稲妻が華虎の全身へ流れ込む。たちまち苦痛に歪む華虎の顔。しかし、動きは封じられても意識は失わない程度に威力が加減されているため、身動き一つ出来ないまま断続的に激痛を味わわされる。
「どうする? まだ続ける?」
「……愚問だ!」
 華虎は奥歯を噛み締めながら、痙攣する左手を延ばし白牙の首にかけた。親指で喉を押しにかかるものの、思うように力が入らず触れるだけに留まる。
「大した気力だね。普通は耐えられないぐらいの威力なんだけど。でもまあ、もう時間も無いし、僕も息苦しくなって来たから終わりにするよ」
 金目を見開いた白牙は稲妻の勢いを増した。
 突然の激痛に見舞われた華虎は目と口を開き激しくのけ反ると、そのまま悲鳴すらあげる事も出来ず崩れるように倒れた。白牙はすっかり力の抜けた華虎の右手だけを持ったまま、満足そうにその様を見やる。
「貴様ーッ!」
 その時だった。
 突然張り裂けんばかりの怒号が響いたかと思うと、一人の大男が大槍を振りかぶり白牙へ斬りかかってきた。驚き目を見開いた白牙は避けようとするものの、いつの間にか左手で握っていた華虎の右手が逆に握り返して離さず、思うように身動きが取れない。やむなく右手だけでその一撃を受け止めるものの、あまりに強烈な圧力のため受け止めきる事が出来ず、節々から軋むような音を立てながら僅かに肩を下げた。
 すかさず白牙は一歩前へ踏み出ながら見えない衝撃を放つ。大男の体は大きく後ろへ吹き飛ばされるもののしっかりと両足で踏み止まり、再び手にした大槍を構えた。
「どうしたんだい、勝往。木偶の坊の癖に随分と早い到着だね」
 額に一筋の冷や汗を浮かべながらも、白牙はあえて挑戦的な笑みで迎える。
「黙れ、妖魔が……! この本多勝往が叩きのめしてくれる!」
 目を血走らせ獣のように怒鳴る勝往。その形相は正に鬼のようだった。
「言ってる事がよく分からないけど、君には手加減しないよ」
 白牙は右手に張り付いた華虎を引き剥がして放り投げると、軽薄な口調とは裏腹に慎重に身構えた。その様を見た勝往は額に浮かぶ怒りの皺をより深く刻み、ぎりぎりと奥歯を強く噛み締める。
 言葉にならない咆哮をあげながら勝往は白牙に向かっていった。豪腕から繰り出される大槍は、音すらも振り切る凄まじい勢いで白牙へ襲い掛かる。しかし白牙は口元に苦味を見せつつも、それを上回る速さで避けていく。
 勝往の苛烈な猛攻は嵐のようだった。だがそれほどの攻め立てにも拘わらず、大槍が捉えるのは宙や畳ばかりで白牙を捉える事は出来なかった。
 一向に白牙を捉えられない事に苛立った勝往が遂に、勢い良く大槍を頭上に振り上げる。それを振り下ろした瞬間、白牙は初めから待ち構えていたかのようにこれまで以上の速さで一気に間合いを詰めた。
「頭に血が昇ってるようだね。それじゃあ当たるものも当たらないよ」
 振り下ろされた勝往の大槍は畳に突き刺さり、白牙は勝往の両腕越しの懐で嘲りの笑みを浮かべていた。そして白牙の両手がそっと勝往の胸へ添えられる。直後、幾重にも幾重にも束ねられた白い稲妻が勝往の体を包み込んだ。
 その凄まじい雷光は、同じ部屋にいる神弥すら正視出来ないほどだった。部屋中に焼け焦げた匂いが充満する。それが何を焦がしたものなのか、果たして鎧なのかそれとも肉なのか、神弥は考えたくも無く、ただじっと目を閉じながら耐えるように鎮座し続けた。
 やがて白い稲妻が止み、部屋の明るさが戻る。もうもうと立ち込める煙も徐々に晴れていった。
「ふう……ええっ!?」
 疲労困憊したように大きな溜息をついた白牙は、驚愕と感激の入り混じった声を上げた。勝往は鎧も全て焼け焦げ白目を剥いていたが、完全に意識を失いながらも堂々と立ったままだからである。
「うわ、立ち往生だ! 思いっきりやったのにまだ死んでないなんて凄いな。本当に人間?」
 はしゃぎながら白牙は勝往の腹を叩く。しかし勝往は置物のようにびくりとも動かなかった。
「神弥、もう君を引き止める人はいなくなったよ」
 神弥の方へ向き直った白牙は、ゆっくりと上座へ歩み寄る。そして畳との段差で肩膝をつくと、うつむいている神弥の顔を覗き込んだ。
「分かりました……貴方に従います。ですが、もう家臣には手を出さない事をお約束下さい」
「いいよ、約束する」
 にこやかに頷く白牙は、そっと神弥の手を取って立ち上がらせる。そして反対の手を天井へかざす。周囲を白い稲妻が包む。すると小天守の屋根が残らず吹き飛んでしまった。垣間見えた空には巨大な鳥の妖魔が回遊している。白牙は指を咥え鋭い音を一つ鳴らす。その合図を聞きつけた鳥の妖魔がぐるりと長い首を回し白牙の方を振り向いた。
「さあ、行こうか。黄泉の国へ」