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 成美は三十分程だと言っていたが、結局林を抜けるだけでも三十分以上かかってしまった。田舎ならではの時間の感覚の違いなのかもしれないが、そうと知っていればもう少しペースを考えて歩いたのだが。しかし平然と歩き続ける成美に対して、今更足を用意して貰うような弱音は絶対に吐けない。
 林を抜けるとすぐ、民家が多く立ち並ぶ人里と呼べるような盆地へと出た。
 遠目から眺める分だけでも家屋はどれも古く、建ててから随分経っているように見える。そして一家に一つと言わんばかりに、至る所に拓かれている田畑。ここでは自給自足で生活するのが当たり前なのかと思ってしまう、都会では決して見ることの出来ない風景である。
「ここが白壁島の町です。あまり大きくはありませんけど、島民の大半はここに住んでいます」
「町、ね。町の名前は無いの?」
「地図上では白壁島としか地名はありませんから。それに、この島には他に町もありませんので呼ぶには困りません」
「手紙とか宅急便の住所はどうするの?」
「白壁島無番地で、後は誰々の家としておけば業者の人が届けてくれますよ」
「ふうん、みんな顔見知りって訳だな」
 配達も困らないほど狭い町、それほどの田舎だという事なのだろう。都会からひょっこりやってきた自分には、とても理解がし難い。
 成美の案内で町の中へと進む。歩くのは船着場から続いていた二車線道路で、そこから分かれた一車線道路の何本かが町の中へ向かっている。しかし、やはり車の行き交う姿はここでも見られなかった。
 白壁島唯一の町は、初めは町と言うよりも村と言った方が正しいんじゃないか、と思うほど田舎臭さの強い町並みばかり続いていた。道路の真ん中を歩行者天国かのように歩きながら進むが、道路はしっかり碁盤目状に整理されているにも関わらず、目立つのは小さく古めかしい家屋や田畑ばかり。農作業に勤しんでいる人の姿も時折見られたが、あまり農業が盛んという印象も感じられなかった。
 やはり町と言うよりも村だ。そんな事を思いながら町内へと入っていく。しかし入って行くに連れて、次第に田畑が見えなくなり代わりに様々な建物が建ち並ぶようになった。気が付けばとうに古い家屋と田畑の姿は無く、それなりに現代風な建物の立ち並ぶ町の中を歩いている事に気が付く。自分はもっと酷い田舎を歩いていたはず。果たしてどこからこんな建物が並び始めたのかと周囲を眺めていると、建物の他にも何かしらの個人商店が幾つか見つかった。その業種も多彩で、電気屋や青果店精肉店といった日常的なものから、CDショップや洋菓子店といった専門的な店もある。確かに充実した店揃いで、買い物するにも大体はこれで事足りるだろう。しかし、こんな島で果たして全て需要があるのだろうか、そんな疑問が浮かんだ。
「見上さん、あそこにコンビニがありますよ」
 そう成美が指さした先には、俺が通っていた学校の近くにもあった、全国チェーン店の一つが建っていた。ざっと見た限り不自然な点は見当たらず、類似品ではない正真正銘のそれだ。
「うわ、本当だ。まさかあんなメジャーどころがあるなんて」
「前はスーパーだったんですけど、こっちの方が面白そうだからと鞍替えしたそうです」
「面白そうって。コンビニってそんな簡単に起業出来るはずじゃないんだけど」
 何かしら白壁島独自のつてでもあるのだろうか。そういう裏技でも無い限りは、こんな僻地で店を構えられるはずがない。しかしコンビニに限らず、他の店揃いも普通の田舎では考えられないほど充実している。当然だが、どんな店でも採算が取れなければ営業は継続できない。にも関わらずこれだけ多岐に渡って営業しているということは、信じ難い事だが、これだけの需要が実際にあるという事になる。
 白壁島は石灰やゲルマニウムなどの採掘で相当裕福な土地で、だからこれだけの店があるのだろうか。
 僻地とは思えぬこの不思議な光景に俺はきょろきょろと視線を周囲に配らせていると、時折道の節々から付近の住民らしい人達が顔を覗かせている事に気がついた。人気の少ない町中だとは思っていたが、俺が緒方の人間だからなのか集まって来たようだ、顔ぶれのほとんどは中高年と呼ばれる世代で、こちらが振り向く前から深々と頭を垂れたり地面に膝をついて拝んだりするのはかなりの高齢者ばかりだった。中年ぐらいになると、視線を向ければ一応の礼儀とばかりに会釈をする程度で、中には露骨に興味の視線を向け品定めしてくるような者もいる。確かに成美の言う通り、緒方に対する神性は世代によって異なるようだ。
 決して少なくはない人々の注目を浴び、俺はばつの悪そうにはにかみながら何度も細かく会釈しその場から足早に立ち去った。目立つ事にさほど抵抗感は無いが、注目はともかく神様を見るような目で見られる事だけはどうしても慣れるものではない。どこかむず痒くなる視線だ。