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 朝食は昨夜の夕食と同じ部屋へ通された。いわゆる食堂のような位置付けの部屋なのだろうが、相変わらず居るのは自分と祖母と給仕の三人で、ただでさえ広い部屋が物寂しく感じる。
 朝食は、やはり昨夜と同じで如何にも高級そうな膳に、料理も同じく大半は見たことも無いような高級そうなものがぎっしりと並んでいる。夕食より品数は少ないにしても、普段トーストと目玉焼き程度で済ませる自分にはかなりのボリューム感だ。
「裕樹、ゆうべはちゃんと寝れたが?」
「うん。やっぱ疲れてたせいもあるから、ストンッて寝ちゃったよ」
「そうが、それはよござんしたなあ」
 祖母は昨夜と同じく、早々に食事を終わらせ白湯をすすっている。体が良くないせいだが、表情は終始にこやかで明るい雰囲気をまとっている。食事をしないのは、それだけ衰弱しているからだ。嫌でもそんな考えが脳裏を過ぎり、俺の表情を引き攣らせる。
「裕樹、ちゃんと忘しぇないで持って来てるが?」
 食事中、唐突にそんな事を訊ねられる。無論、それが何の事を指すのかなど、俺はすぐに勘付く。蓬莱様の事だ。
「もちろん、ちゃんと。でもポケットに入れておくと落とすかもしれないから、何か紐を通して首からぶら下げておこうと思うんだけど、別にいいよね?」
「いがんす、いがんす。ちゃんと蓬莱様さえ持っていでくれれば」
 巾着は汚れたら取り替えるとして、通してもさほど違和感の無い紐を見繕う必要がある。手持ちで代替え出来そうなのはあいにく派手な金属品ばかりで、そんなものを祖母が見たら卒倒してしまうだろう。良くは分からないが、手芸店のような所に行けば何か丁度いいものが見つかるはずだ。この後、成美に訊ねてみればいい。
「今日の午後なんだけどさ、学校に見学に行く事にしたよ」
「んだったなあ、そういや転入の連絡さしてながった。今日にでも玲子が戻って来るがら、やらしとくでな」
「玲子って誰?」
「なんだ、ちゃんど聞がながったのか? ほれ、お前さんとこに行った女だ」
「ああ、水野さんか」
 まともに自己紹介も聞いていなかったか、はたまた水野さんは事務的に苗字だけ名乗ったのだったか。あまり当時の事は良く覚えていないため思い出すことは出来ない。とりあえず、見た目の雰囲気に似合った凛々しい名前だと、そんな適当な感想だけを持つだけに留める。
 朝食後、祖母は早々に仕事のため例の離れへ行ってしまった。体調は悪くとも仕事は相当忙しいようである。早く助けてやれるようになりたいとは思いつつ、今は邪魔をしないようにするしか出来ないのが悔やまれる。
 自分も今日やらなければいけない事がある。自室に戻り、服を着替えながら今日の予定を整理する。
 この後は成美に町を軽く案内して貰う約束になっている。一通り自分が利用しそうな店や重要な拠点を押さえておこう。午後は学校に見学へ向かうが、おそらく相当な仰々しい扱いを受けるだろうから、予めそれを覚悟しておく事と何を見ておくかは決めておかなければならない。それと、水野さんは今日にも白壁島へ戻ってくるのだから、頃合いを見て港まで迎えに出て行くのも良いだろう。船の時刻表なら多分成美が知っているはずだから、乗って来そうな時間に目星を付けておこう。
「あ、そうだ」
 ふとそこで、自分の携帯の事を思い出した。
 自分の携帯には水野さんの携帯の履歴があったような気がする。随分前だから消えているかもしれないが、アドレス帳には登録したはずだと思う。はず、という曖昧なのは勿論、当時の記憶が曖昧だから。でも薄っすら記憶には残っているのだから間違いはないはずなのだ。
「携帯はどこに置いたっけかなあ」
 部屋を軽く見回すと、あっさり机の上に置かれているのが見つかった。自分で置いた覚えは無いが、俺が食事へ行っている間に布団を片付けた人が見つけて置いたのだろう。
 そういえば白壁島は、こんな僻地でありながら携帯が普通に使えるそうだ。どこまで使えるか、軽く調べておくのも大事だ。俺は蓬莱様が入っているのとは別のポケットへ携帯を無造作に突っ込んだ。
「さて、そろそろ行こうかな。成美ちゃんも出たかな?」
 普段はあまりしない独り言を話し、軽くステップを踏みながら部屋を出る。
 我ながら、道化を演じなければ平静さを示せないなんて情け無いものである。そう理性的な言葉が深く突き刺さったが、すぐに振り払い鼻歌を口ずさんだ。散々落ち込んで醜態を晒した挙句、環境や立場がこれでもかと入れ替わったのだ。プライドもイメージも今更あったものではない。今は多少強引でも前向きに意識を持っていく事が重要だ。
 そう、恥らう自分へ強く言い聞かせた。