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 商店街は三本の広い大通りを主とし、そこから幾つもの細い路地や通路が枝分かれしながら店が軒先を並べている。通常、道路を設計する時は碁盤の目のように上空から見ても綺麗に写るように配置するものだと思うのだが、白壁島では大通り以外の道は全て無分別に伸びていて、非常に複雑に入り組んでいる。都度必要と思ったらすぐに工事を行う、そんな事を緒方家の主導でずっと繰り返してきたから歪になったのだろうか。そんな事を俺は考えた。
 成美には商店街をぐるりと軽く一周出来るように案内を頼んだ。通りを行き交う人は多く、注目の視線や人混みを避けるために大通りからは外れた人気の少ない路地や小路を選ぶ。人がやっと擦れ違えるような細い道も珍しくはないのだが、そんな所でも見斬新なデザインの店や建物などが多く見受けられ、ちょっとした探索気分が味わえる。どうせ田舎の、という固定概念もすっかり取り払われ、予想以上に興味深い町の風景を俺は楽しんでいた。
「どうですか、商店街の様子は?」
「結構面白いんじゃない? 都会ってさ、良くテレビなんかでCMやってるようなグループ企業の店しかないじゃん。でもここは、そういうのもあるけど個人でやってる店がほとんどでしょ? むしろ目新しくってついつい足を止めたくなっちゃうな」
「この島は田舎ですから、見上さんは不便に思うかなと思っていました」
「そうでもないさ。それに俺って、日常で寄る店って大体決まってるからね。まあ娯楽なんだけどさ、それさえあれば大体気は済むもんだよ」
 都市計画にはやや歪さはあるものの、店の数や種類は非常に充実している。大概の欲しいものを買うのには困る事はないだろう。ただ問題なのは、路地があまりにややこしく入り組んでいるため、どこを通れば何の店があるのかを事細かに記憶していなければ同じ店には通えなさそうな事だ。階段や坂のある路地も多く、方角や高低差にも苦しめられそうな予感もする。地下鉄の駅なら割と迷わない自信があるのだが、ここでも同じ要領でうまくいくかどうかの自信までは無い。
「結構道筋が複雑だけどさ、成美ちゃんは迷わないの?」
「私はここの生まれですから。大体を目印で覚えれば迷わないと思いますよ。それにほら、あそこを見て下さい」
 そう成美が指し示す方へ目を向ける。その先には、周囲の建物から頭一つ抜けるほど高い建物と大きな屋根の姿が見えた。一目でそれと分かる、緒方家の屋敷である。
「商店街なら大体どこからも屋敷が見えますから。あれを頼りにすれば、道に迷っても何とか辿り着けますよ」
「なるほど。確かに良い目印だね」
 あれだけの屋敷なら多少離れていても良く見えるようだ。まるでちょっとした城である。城下街が複雑なのも他国の容易な侵入を防ぐためだったか、いや、それは城内だったか。
 ここで改めて思うのが、緒方家の屋敷からだと商店街は丁度見下ろすような形に眺められる、という事だ。ここでは通りの道順も良くは分からないが、屋敷からなら一目瞭然だろう。望遠鏡でも買って眺めてみたいものだと少し思う。方眼紙と鉛筆でマッピングも面白いかもしれないが、自分の性格を考えるときっとすぐに飽きるだろう。
「ハイヤーを呼ぶのが一番手っ取り早いですけどね」
「ハイヤーって、ああタクシーね。でも、流石にそれは恥ずかしいな。毎度毎度世話になってもお金かかるし」
「緒方家でしたら大丈夫ですよ」
「そうもいかないんだよね、まだまだ俺はさ」
 緒方家ならツケ払いも出来るだろうが、まだ自分は緒方家に引き取られただけの身分だから、そういう金の使い方はしたくはないのだ。血縁だからと自分のように振る舞うのは浅ましい事だし、金を使う使わないも金額の大小ではなくモラルの問題だと、そう思うのだ。当面の小遣いなどは保険金で工面する事にする。手続きなどはすっかり水野さんに任せていたから、額や口座などはちゃんと確認しておかなければならないだろう。
「ところで、学校に行くのもこの商店街通るの?」
「はい。もう少し先に行きますと、登下校用のバスプールがありますので、そこから。でも、歩いても三十分程で着きますよ」
「ふうん、そんなもんなんだね」
 さらりと三十分と言う辺り、やはりこの島ではそのぐらいの距離を歩くのは当たり前なのだろう。流石に今日は歩きたくない、と答えたかったものの、遠いだの疲れただのと弱音を吐くのはあまり格好の良いものではない。さも大した事の無いように見得を切ったが、実際本当に歩く事になった時の事を考えると、かえって格好がつかないような気がする。案外この島で一番最初にやらなければいけないのは、勉強よりも単純な体力作りなのかもしれない。
「見上さんは、屋敷から学校までお迎えの車を走らせますので、乗る機会は無いと思いますよ」
「でもねえ、俺そういう送迎車はちょっと。ほら、かえって目立つでしょ? ただでさえ本土から来たばかりなのに実は緒方家の血筋でさ、そんなぽっと出の人間がいきなり羽振りを利かせてるのってイメージ良くないじゃん」
「考え過ぎだと思いますよ。でも見上さんがそう仰るのでしたら、きっとそよ様もそれで良いと仰られると思います」
 ドラマや漫画から仕入れた知識だが、こういう時に先方は大概こちらを内心快く思ってはいないものだ。立場がひっくり返る事はなくとも、わざわざ不快に思われるような事をする理由も無い。初めはあまり目立たないようにするのが賢い選択だ。
 その後も成美に店や施設を案内して貰いながらひたすら商店街を練り歩いた。自分が行きそうな所は都度ピックアップし、それが一時には覚えられない数になった頃、ふと思い出したように携帯を開いてみる。時刻は午前十一時を過ぎたばかり。かなりの時間歩き詰めた事になる。足も丁度良く疲れが溜まってきたが、成美は歩き慣れているのか涼しい表情をしている。体力差が誤差では片付かないほどあるな、と俺はつくづくそう思った。
「見上さん、少し早いですけどお昼にしましょう。学校の方へは四時限目の終わりに向かう事になっていますので」
「そうだね。大分歩いたし小腹も空いてきた。じゃあ、この近くで何かオススメの店とか無い?」
「え……っと、その。私、あまり外食はした事がありませんので、良く店は分からないのです」
 そう申し訳無さそうに答える成美。
 思い返せば、成美は学校が終わると使用人の仕事のために真っ直ぐ帰宅すると言っていた。普段の生活が色々と使用人としての拘束があり、そういう機会が無いのかもしれない。
「そっか。じゃあ知らない者同士だから、直感でどこかに決めよう。それなら良いよね?」
「はい、お願いします」
 そう成美は控えめの薄い笑顔を浮かべた。俺も同じように笑って見せたが、内心言葉に困っていた。なんとなく成美のそういう表情は飴細工みたいで、普段の自分が無意識で口にする言葉を迂闊にかけようものなら修復不可能までに崩してしまうのではないか、そんな危惧がある。
「じゃああっちの方に行ってみよう。勘だけど」
「はい、多分良いと思います」
 成美は二つ返事で答える。自分はこちらに意見を合わせるつもりらしい。きっと以前一緒に遊んだ時も、そういうタイプだったからあまり俺の記憶には残っていなかったのだろう。
 そう言えば、どうして成美は俺のようなノリも口も態度も軽いグループの輪に加わって遊んでいたのだろうか? 明らかに成美とは性格や雰囲気の違う集団であったから、自己主張も苦手なタイプだと一緒にいるだけでも苦痛だったかもしれない。それに、よくよく考えてみれば成美が俺と同じ学校に一年だけ転校していたという経緯も少し不自然だ。
 家庭の事情か何かなのかもしれないが、訊ねるにしてもまた昨日のような繰り返しになっては困る。その内に何かの機会でそれとなく訊ねてみるのが良いだろう。
「見上さん? どうかしました?」
 と、いきなり成美に声を掛けられ我に返る。慣れない考え事をしていたのが表情に出ていたようである。
「いや、ほら。成美ちゃんも遊びたい盛りでしょ? だからさ、遊びたい時は俺が連れ出せば使用人的な名分が立つんじゃないかなって。俺がデートに連れ出すかんね、ってさ」
「はあ」
 成美は小首を傾げ、返答にいささか困ったような表情で曖昧に返事する。
 ああきっと、また下らない事を言っているなと思われた。軽率な事は言わないと決めた傍からの失態に、思わず苦笑いする。