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 バスを降りてすぐのバスプールには、初老の男性と数名の大人が並んで待っていた。雰囲気からすると、初老の男性が校長で他は教師だろう。いずれも式典でもやるかのようなスーツ姿で、生徒一人出迎えるには随分仰々しいものだと思わず苦笑いする。
「ようこそ御出で下さいました、緒方様。私はこの学校で校長を務めております、長峰と申します」
 校長は流暢な標準語で出迎えの挨拶を述べる。訛りが無いのは白壁島の生まれではないからか、もしくは本土での教員生活が長かったからだろうか。
 にこやかに手を差し延べられ、反射的に差し延べ返すと、その手を両手でしっかりと握られ熱烈な握手を交わさせられた。
「あの、俺はまだ正式な当主では無いんで。見上でお願いします」
「これは失礼をいたしました、見上様。今後、皆にはきっちり周知させますので御了承下さい」
 慇懃に頭を下げる校長と、それに無言で続く他の教師達。予想通りではあるが、他の大人達と同様の反応である。学校ならば教師と生徒という関係があるから、世間一般的な接し方が出来ると思っていたのだが。出鼻から校長に様付けで呼ばれてしまっては、以後は何も期待が出来ない。
「簡単にご紹介させて頂きます。こちらは教頭の原中で、私が不在の時は校長の代理を務めております」
「初めまして、見上様。何か御不都合がございましたら、遠慮なく御申し付け下さい」
「あ、ああ、はい」
「そしてこちらが高等部を担当しております、荻本です。見上様の担任をさせて頂きます」
「初めまして、荻本です。誠心誠意務めさせていただきますので、今後ともどうぞよろしくお願いします」
「どうも、こちらこそ……」
 入れ代わり立ち代わり続く、教師達の慇懃な挨拶。学校というものは教師が生徒よりも圧倒的に強い立場のはずだが、白壁島ではそれがまるで逆転してしまっている。その異質な空気もさることながらあまりにお約束な麗句ばかりが並び、繰り返される事に俺は辟易していた。ここに来てからというもの、本来は目上であろう立場の人から常にこんな接し方をされている。敬意を示すあまり逆にこちらが気を使うという不文律、この構図には息が詰まって仕方ない。
 早く終わらないだろうか、と意識を僅かに別へ逸らす。その時、ふと視界の端に何か動くものが入り、思わずそれを目で追った。
 校舎の一階、おそらく自由通路なのだろう、その窓に数名の人影があった。同い歳ぐらいの男女が入り乱れた顔触れで、隠れるように首だけを出しこちらの様子を窺っている。転校生がやって来るからとでも聞かされ、早速見物に集まったのだろう。いずれも興味津々といった様子でこちらを覗いている。
「ん?」
 そんな野次馬の中、ふと俺はその中の一人へ視線を止めた。皆が隠れるように窓から顔だけを出している中、彼女だけは窓縁に頬杖をつき堂々と構えこちらを見ていた。まるで教師に見つかる事など初めから恐れもしていないといった様子である。立ち居振る舞いも他とは違い、露骨な興味本位という雰囲気が感じられなかった。ただ視線は明らかにこちらの一点へ向けられている。何か他とは違う明確な目的すら感じられた。
 そして彼女と視線が合う。
 彼女は右手をひらひらと振りにっこりと微笑んだ。白壁島へ来て、おそらく祖母以外で初めてであろう何の遠慮も緊張も無い、親しみすら感じられる笑顔だった。思わず俺はそれに釣られ、微笑みながら手のひらを肩先で広げて見せる。
「見上様?」
 校長が突然の俺の行動に首を傾げ、すぐに背後を振り向く。すると瞬く間に窓辺に張り付いていた生徒達はどこかへと走り去ってしまった。やはり覗きに来てはいけないと言い付けられていたようである。
「申し訳ありません、見上様。この学校では転校生など非常に珍しい事でして」
「別に気にしてないです。きっと物珍しがられるだろうなって思ってましたし」
 しかし校長を初め教師達は、再度申し訳ない申し訳ないと深々と頭を下げ、こちらの言う事を一向に聞いてくれない。野次馬など正直何とも思ってはいないのだが、どうしても彼らはこれを不祥事として大事にしてしまいたいらしい。
 困ったものだと、俺は傍らの成美に助けを求め視線を送る。成美もこちらの心境を理解しているらしく、口元に小さく苦笑いを浮かべていた。
「校長先生、それでは昨夜お話した通り私が校内を御案内いたしますので、そろそろ」
「ああ、そうでしたね。それでは高木さん、くれぐれも失礼の無いようよろしくお願いします」
「はい。それではこれで、私達は失礼いたします」
 成美は珍しく早口でそう言い残すと、言葉を遮るように慇懃に一礼、すぐさま俺の袖を軽く引き連れ立って足早にその場から立ち去った。なかなか優等生らしい上手な丸め込み方だと思わず感心する成美の手腕、だが何事も遠慮がちな成美にしては随分と大胆に思える行動である。少し無理をさせてしまっただろうか。そう歩を早めながら俺は考えた。
「いやいや、参ったねどうも。あれじゃあ、くしゃみしただけでも職員会議が開かれちゃいそうだ」
「みんな、緒方家の子息を迎えるという事で神経質になっているんです。あまり気にしないで下さい」
「でもこのままだと、結構歪んだ関係になるんじゃない? 俺と先生達」
「見上さんは呼び捨てで怒鳴られながら厳しくされた方が良いんですか?」
「その言い方は誤解を生みそうだなあ」