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 バスプールからキャンプ場への移動は直通の専用シャトルバスがあり、それに皆で乗り込んで目的地へと向かった。乗客の姿は俺達の他に無く、完全に貸切状態である。いつも定位置としている最後尾の席から車内を見渡すと、参加人数は全部で二十名を超える大所帯になっていた。こちらへ来る前はよく人連れで遊び回っていたけれど、さすがにこれほどの人数での経験は無い。幹事は別だし、自分は状況に合わせてわいわいやっていれば良いのだろうけれど、何と無しに一抹の不安は拭えない。
 ふと、自分の席のすぐ手前の左側に、普段良く見る後ろ姿を見つけた。何と無くこういう事には無縁そうなイメージがあっただけに、思わず口を滑らせてしまう。
「あ、お前も来たのか」
 すると案の定、凄まじい勢いでこちらを振り返り、じろりと真っ向から睨み付けてきた。
「おい見上、俺は先輩だと言っただろうが」
「おっと失礼。菊本先輩も来ていらしたのでございますか?」
「ふん、来たら悪いか。もし何かしら問題が起こったら、俺の責任問題になるからな」
「部代表ですもんね、補佐の」
「それに、キャンプ場を管理してるのは俺の叔父だ。挨拶ぐらいするのが筋ってもんだ」
 思わぬ繋がりに、俺は隣に座る悠里にそっと耳打ちする。
「もしかして、管理人って菊本みたく性格悪いの?」
「そんな事無いわよ。全然、真逆。去年は氷とか御菓子を差し入れてくれたもの」
「なんだ、逆なんだ。良かった良かった」
 菊本がじろりと睨みつける。これは失敬と首をすくめたが、菊本は軽く舌打ちをして視線を窓の外へ逸らした。
「さ、あれは放っておいてお菓子でも食べない?」
「うん、食べる食べる」
 当人の前で、あ、と声をあげたり、来たのか、などと言えば怒っても当然だろうが、悠里も負けず劣らずさらりときつい扱いを菊本にしている。悠里と菊本は、実は見た目よりもずっと仲が悪いのだろうか? もしくは一方的に悠里が嫌っているのか? 俺自身に限っては別として、少なくとも菊本は悠里に対してそれほど落ち度のある行動を取っているようには思えない。しかし悠里も理由無く人をけなすような性格でもない。そうなると、何かしら過去に二人の間にあったのか、となってくるが、それ以上を詮索するのは気が引ける。とりあえず今は、悠里と菊本の関係はあまり単純ではないと日頃意識しておくことだろう。
「はい、裕樹君。あーん」
「あーん。おっと、途中で折れた」
 悠里に食べさせて貰った細長い形状のスナックが中ほどから折れてしまい、それを咄嗟に手で取る。
 そういえばこんな遊びもしたっけ。
 ふと思い立った俺は、もう一本新しいのを貰うと、それを口にくわえて逆隣の成美の方を向く。
「ねえねえ、このまま手を使わないでそっちから食べてみてよ。好きな分だけ食べていいよ」
 こちらのからかう意図が露骨だったか、成美は無言で中ほどから指で折りわざとらしく音を立てて食べてしまった。じっと見上げてくる視線は、一見すると批難めいてはいるが、照れも入り交じっているようにも思う。
「こういうのってやらない? まあ、結構古いしなあ」
 そういう事ではないと成美の目が訴える。確信犯的にしたのだから、それは分かりきっている事だ。
「じゃあ私としましょうか。はい」
 と割り込むように悠里が、自分の口に新しくくわえ俺の方へと向けてくる。
「おっ、大胆ですね。んじゃ遠慮なく」
 早速、慎重に顔の距離を計りながら近づき反対側の端を口にくわえる。しかしその時、
「あっ……」
 後ろから成美に袖を引かれた。
 咄嗟に俺はくわえた部分の所だけで噛み千切って顔を離す。振り向くと、成美が無言でこちらを見ていた。やめて。そう表情で訴えている。俺はフォローとすべき次の言葉がなかなか見つからず、そのまましばし息を飲んだ。
「あー、なんか緒方家的に駄目だそうです。品が無いとか何とか」
「そう、残念ね」
 悠里は笑って残った分を食べた。今俺が咄嗟に口にした出まかせも、多分見抜いているだろう。その上でこの余裕のある態度は、悠里を自分よりずっと大人びているように思わせる。ふざけているようでも機転は利くからまとめ役を任されるのだろう。そう思った。
「裕樹君とは駄目なら、私としてみる?」
 悠里がまた新しく口にくわえ、その先を成美へ向けてきた。まさか自分が標的になるとは思っていなかったらしく、ぎょっと目を見開いて悠里と俺とを交互に見る。なんて分かりやすく動揺する娘だろう。そう俺は含み笑う。
「い、いえ、そういうのは私は……」
「なあに、ノリが悪いわねえ」
「はあ、すみません……でも、どうして私が」
「んー? ちょっとからかって見ただけ。なんか裕樹君に影響されちゃったみたい」
 そう笑い、悠里は菓子を食べてしまう。本当にからかうだけだったのか、それ以上成美を煽ってくるような事はしなかった。
 俺は複雑な心境でいつの間にか押し黙っていた。今のやり取りの中、ほんの一瞬だったが、悠里の目の奥に妙な光を見たような気がしたからだ。怒りに似ているが、見下しているようにも思う。いや、あれは挑発かもしれない。とにかくはっきりと分からないものの、確実に成美に対して悪感情を持っているような光だ。
 悠里は成美に対しても、表面上とは全く異なる本音を持っているのだろうか?
 基本的に物事を深く洞察しなければ人の事もあまり突っ込まない性格だけに、この状況があまりに複雑過ぎて洞察力が追いつかず、それ以上は何が何だか分からなくなってしまった。