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 昼食が、カレーライスに蕎麦という組み合わせになったのは、どちらにするかで紛糾した挙句、結局最後まで調整が付かなかった事に由縁するらしい。普通にカレーを食べ、汁物替わりに蕎麦を手繰りながら周囲を見ていると、何となくどことどこが対立したのか、微妙な距離感で窺い知る事が出来た。別にそこまで拘らなくても、とは思ったが、自分もハンバーガーや牛丼の店で言い争った事も何度かあったので、苦笑いしか出てこない。
 食事が片付き、腹の落ち着いた順から器を洗って片付ける。最初に洗い場へ駆け込んだ組が妙に慌ただしく飛び出して行くのが気になったが、それは調理した鍋やらの片付けが誰と決まっていなくてそれから逃げるためだと、自分の器を洗っている時に誰かが漏らした愚痴で気が付いた。自分はまだそれほど馴染んでいない新参だからこういう事を進んでやろうと殊勝な心掛けを決めるものの、あいつらうまくやったな、という悔しさも否めなかった。
 全ての洗い物が終わり、手荷物は一旦ロッジの中へ入れる。どうせ荷物も盗られる事は無いだろうから、施錠はせず鍵は入口脇の鍵掛けへかけておく。既に誰が誰とどこへ行ったか、全員分の行動まで把握出来ない状況なのだから、かえって鍵は必要はないだろう。
 さて、これから何をしよう。誰が広場には残っているだろうか?
 そんな事を考えながらロッジを出る。すると、
「ちょっとそこら辺回ろうぜ!」
 そう威勢良く声を上げて提案したのは、中等部の男子生徒。その周りにも協調する者が多数いる。
 よくある、森の中を回る探険ごっこのようなものだろう。とは言っても実際は、探険の好奇心と同行する女子への巧妙心とが半々以上の割合だったりするものだが。
 暇潰しと、中等部とも顔見知りになっておく機会には調度良い。俺は早速その輪に近付いた。こちらから話し掛けられるとは思っていなかったのか半ば驚きの顔をされはしたものの、特に問題は無く同意、そしてすぐに面子集めに取り掛かった。
 広場に残る何人かに声をかけてみると、高等部の生徒はほとんど乗って来なかった。既に飽きるほどやったため、あまり興味が湧かないらしい。また悠里などのように、森の奥まで行って汚れる事を嫌がる者もいた。そのために着替えを用意したのだし、嫌がるのはむしろ都会っ子の方だと思っていたのだが、案外そういう訳でもないようだ。
 成美と浩介は声をかけるまでもなく、当然というそぶりで同意した。二人は探険の興味というより、緒方家の付き人という立ち位置らしい。少しくらい仕事から離れればよいものを、と俺は生真面目な二人に少し呆れる。
 最終的に集まった数名の男女で広場を出発する。特に目的地は無かったものの、行き先は漠然と、森の奥にあるという廃墟に定める。その廃墟にはやはり幽霊が出るだとかいうお約束のオマケ付きだが、発案者を窺う限り幽霊が目的ではなく、自分がそこに入って行く勇敢な様を見せ付ける事に重きを置いているようだった。要するに、女子からの株を上げたい、そんな所だろう。
 整備されたキャンプ場から離れ、足元は誰が歩いたのか分からないような獣道へと変わる。頭上を覆う木々も密度が濃くなり、昼過ぎだというのに妙な薄暗さも出て来た。このまま遭難したりはしないだろうかと思ったが、こんな僻地でも相変わらず携帯が圏内であるため、その心配はなさそうである。一体どこの誰がこんな所で使うのか、何のためにアンテナなど立てているのか疑問に思ったが、少なくとも自分達のような好奇心旺盛な子供が遭難する危険の回避には役に立っているようだ。
 眼前に広がるのは鬱蒼と生い茂る木々と臑を擦る薮蛇。掻き分けるほどでもないが、時折目の高さにある枝が薄がりからにゅっと現れ驚かされ、なかなか油断は出来なかった。
 廃墟があるという事だが、一体こんな森の奥深くに何のために建物が建てられていたのか、いささか疑問である。あったとしても、せいぜい大昔の山小屋程度のものだろう。物珍しく眺めるものでもないだろうし、案外それも初めから皆折り込み済みなのかもしれない。
「なんか随分進んで来たけど、キャンプ場ってどっちだっけ?」
 ふと背中側に不安を感じ、そう誰となく訊ねる。
「帰り道でしたら、自分がちゃんと覚えてます」
 すかさず答えたのは一歩後ろを歩く浩介。
「本当に? なんか同じ風景ばっかり続いてる気がするんだけど」
「自分、山歩きは慣れてますから」
「それは頼もしい。っていうか、みんなこれくらい普通なの?」
 すると、一同は疎らに苦笑して首を振り否定した。地元だからといって山歩きが当たり前に出来るという訳ではないらしい。もっとも、慣れた場所を歩いてみたところで何の面白みもないだろうから、初めからこんな探険ごっこも無いのだが。
 そんな調子で談笑を交えつつひたすら歩き続けている内に、戻りは浩介に任せるつもりですっかり方向感覚も忘れてしまい、薄暗さから時間の感覚も鈍ってきた。足首の強張りから相当な距離を歩いたのではないかと携帯を開いて時間を見るものの、まだ一時間も経っていない。自分では夕方に差し掛かっているような錯覚さえ覚えているのだが。
「成美ちゃん、疲れてない?」
「いえ? まだ大丈夫ですけど」
「じゃあみんなは……」
 あっさりした返答にまさかと思い一同を見比べると、いずれもまだ騒ぐほど余力に満ちていた。どうやら自分だけが体力的に乏しいらしい。やはり都会の人間だからな、と侮られたくはないという個人的な意地で、自分もまだ疲れていない素振りを意識する。
「あ、もしかして、あれ?」
 更に痩せ我慢を続けていると、やがて先頭から大きな声が上がった。指差す方を見ると、木々の間から何か人工的なものが覗いているのが見える。
 それは錆色の鉄条網だった。ぐるりと四方を囲んだその中には、薄汚れた鉄製の四角い建物が並んでいる。丁度、学校にあるロッカーをそのまま大きくした形状に似ている。
「これ何? 誰か住んでる?」
「まさか、違うって。これ、発電所のやつじゃん? ほら、そこに危険とか書いてるし」
 外観をよくよく確かめてみると、どうやら変電施設のようである。鉄柵には錆びた金属板がかかっており、そこからは辛うじて電気のマークと高圧電流を扱っているため関係者以外立ち入り禁止という旨が読み取れる。ただ、あまりに人の手が入っていないように見えるため、見た目の古さもさる事ながら今も使われているのかどうか疑わしい。
「なんでまたこんな場所に……」
 そう俺は思わず漏らした。白壁島では妙な所に妙なものが建っている事がそう珍しくは無かったが、これはかなり飛び抜けている。変電施設がこんな森の奥に建っているなんて、採算どころか必要性そのものが感じられない。どうせ建てるならば、もっとキャンプ場近くに建てるべきではないだろうか。それとも、悪戯されぬようわざわざこんな山奥を選んでいるのだろうか。廃墟でも幽霊云々でも無いが、それに匹敵するほど奇妙な代物である。
 もしかすると、過去に何かこの辺りの開発計画か何かがあったのだろうか? 誰か経緯に詳しい人はいないだろうか?
 すぐに俺は心当たりとなる人物を思い浮かべた。そう、キャンプ場の管理人である森下老人だ。