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 なるべく後先を考えないように、しかし周囲の目はうまくかわす、そんな事が出来るのかと思えば、結果的にそれはうまくいった。
 成美や悠里の目を逃れて通学バスに乗り込み、商店街のバスプールまで実にあっさりと到着した。俺がそんな行動を取る理由など想像もつかないからだろう、今頃どうしているのか何となく想像がついた。
 少なくとも、このまま帰りたくはない。そう思っていた俺は、そのまま目についた行き先の知らないバスに乗り込んだ。バスには自分の他に誰も乗客がいない。強いてあげるなら、それが選んだ理由になるだろう。
 やがて車内アナウンスが流れた後、自分と運転手だけしかいないバスが発車した。商店街を抜けたバスは、普段学校へ向かうのとは全く違う道路へと入り島を南下していった。
 今日は天気に恵まれているため、窓からはやや強い日差しが降り注いでくる。梅雨の中休みが調度週末にぶつかるとは天気予報で聞いていたが、もしこんな状況でなければきっと今頃は思い切りはしゃぎ倒していたに違いない。そう思った。
 バスは次々と無人の停留所を通り過ぎていく。気が付けば窓の外の景色はまるで見覚えのないものになっていた。バスの運賃表を見上げると、既に料金が三段階上がっている。どれだけ時間が経ったのかと携帯を開けるものの、学校を出る時には既に電源を切っていたこと思い出し、そのままポケットへ戻す。
 一体何をしているのか。
 今更だが後悔の念が少しずつ込み上げてきた。
 単なる逃避でしかない事など、初めから分かっているつもりだった。それでも、このやり場のない気持ちが休まるかもしれない。そう思っての行動だったが、薄々勘付いていた通り、自分の首を絞める以外の何にもならない。
 一つの事もやり遂げられない自分は、圧倒的に意思が弱い。意思が弱いがために、少しでも辛くなれば楽な方へと逃げ、時には迷走する。胸にある蓬莱様がやけに重く感じられた。もしもこの中に神様が存在していたのなら、きっと今の自分の行動にはすっかり飽きれ返っている事だろう。そう思うと、殊更に気持ちが沈んだ。
 現状が良くない方向に進んでいるのは分かる。しかし、最善を尽くす事が出来ない。その、気力が無い。
 一体どうすれば一番角も立たずに楽に済ませられるだろう。
 結局はそんなありもしない甘えを思い浮かべるだけだった。
「次は、白瀬浜。白瀬浜です」
 ふと流れてきたアナウンスに、俺は顔を上げる。次に止まる停留所、地名は聞き覚えもなかったが名前から察すると海沿いなのだろうか?
 そう思っている内に、外の景色が林の中から突然開けて車内が明るく照らされた。
 窓の外に広がるのは、一面の海だった。雲一つ無い青空と太陽の光に照らされて眩しく輝き、その光が車内に差し込んでくる。白壁島に初めて来る時に乗った船上では、ここまで綺麗だとは思わなかった景色だった。ずっと梅雨で日長薄暗いばかりか、気持ちも沈んでいただけに、目の前の海はあまりに眩しかった。
 もっと近くでこの海を見たい。そう思い立つまでにはさほど時間はかからなかった。
 俺は興奮を抑えられず、降車ボタンを押した。