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 期末試験の日程が言い渡されたその日の夕方、水野さんの二回目の試験が実施された。
 内容は以前と同じく数学Cを中心とした問題で、暗記力でどうにかなるものの他に、応用や洞察力をいったものを試される設問が幾つも続いた。
 今回の試験には俺は自信があった。自惚れでも何でもなく、事前に予習した範囲においてはほぼ完璧に理解しているという確信があったからだ。そして試験そのものについても確かな手応えがあった。
 夕食後に部屋へ戻って来ると、水野さんが採点を終えていた。表情は相変わらずの無表情で、一見しただけではどちらとも取れないのはいつもの事である。
「今回は本当に頑張られたようですね」
 その第一声で、急に肩の力が抜けた。そう自覚した事に少なからず驚きを覚える。試験からか採点中からかは分からないが、いつの間にか緊張していたようだ。
「およそ八割の正答です。辛うじて及第点といった所ですが、前回に比べれば目覚ましい成長です」
「ありがとうございます。いやあ、ドキドキしました」
「これで裕樹様の苦手分野の傾向が分かりました。本日はこのまま補講といたします」
 照れ笑いを浮かべる間もなく、水野さんは淡々と授業の体勢に入った。もう少し成果を褒めてくれるのかと思っていたが、すぐに誤答の解説を始めるなんて。しかし、これも水野さんらしい授業だ。そう思った。
 一通りの解説が終わると、俺の苦手分野や弱点についての指摘を受けた。やはり勉強の仕方というものが分かっていないため、暗記科目だけが得意になりがちな傾向にあるそうだ。そのため、最初にも指摘された通り考察や応用は未だ芳しくない。これは今までまともに勉強をしていなかったツケがそのまま来ているのだろう。今後はただの暗記よりも柔軟な発想を試験では求められる。応用力を身につけなければ、次の試験では今回ほどの結果は得られないだろう。しかし、悲観はほとんど無かった。既に水野さんにも宣言した通り、教師が優秀だからという事もある。だが実際は、塞ぎ込んでも悪くなるだけだから、と開き直っている部分が大勢だ。もう当主になるため石にかじりついてでもやるしかないのだ。だから、細々とした些細な悩みはいっそ無視した方が物事はうまく運ぶ。
 その日の授業は間違った箇所の解説と対策で終了した。時刻は九時を回り、思ったよりも授業は長引いた。明日は日曜で学校は休みだったものの、流石にずっしりとのしかかる疲労感は否めない。普段なら水野さんの授業の復習をしたり、学校の授業の予習をしたり、それが終われば少しばかり読書をして過ごすのだが。今夜は無理をせず、もう風呂に入ってすぐ寝てしまうことにした。
 風呂から戻って来ると、携帯の着信ランプが点滅していた。見るとそれは悠里からのメールだった。内容は、明日一緒に出掛けようという、そういったものである。たまにあるデートのお誘いと言えば聞こえはいいが、本当に出掛けて遊ぶだけだからあまり色っぽいものは無い。もう少し余裕のある立場であれば、線引きも変わってくるのだろうが。
 ふと、以前成美が言っていた事を思い出した。悠里は何か企んでいる、だから俺に接近している、そういう件の事だ。今思うと、それを気にし始めてから物事がうまくいかなくなっていた。そんな事は有り得ない、そう思いつつも悠里には面と向かって確かめられない。このジレンマのせいだ。
 本音の所、悠里は俺をどのように思っているのだろうか。仮に真っ向から問いただした所で、悠里は間違いなくのらりくらりとかわすだけだろう。それよりは、何も知らない振りをしてそれとなく気をつけている方が無難だと思う。単に成美の考え過ぎという事もあるのだから。
 何はともあれ、テストと長引いた授業で頭も体もだるくて仕方がない。今日は考える事をよそう。
 俺は適当に返信し、そのまま体を亀のように引き摺って布団に入った。電気を消して目を閉じ、意識が遠のくまでは本当に一瞬だった。