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 朝早くに移動したため、ひとしきり遊び倒した後の昼食後は、しばしだらけていた。日差しが高くなり温度が上がったせいもある。流石に直射は厳しく、海に入らない時はシャツを着ていた。砂浜を歩く時にガラスの破片などを踏まないようにサンダルを持ってきたが、むしろ砂の熱さから守るための用途になっている。前日の天気予報で見たよりもずっと暑い、そんな天気だった。
 屋根があるだけでも随分暑さが違う。太陽がもう少し傾くまで休もうと、俺は海の家の縁側でボーッと座っていた。砂浜ではしゃぐ数と俺と同じように待避している数では、ほぼ半々だった。しかし俺のように暑さそのものに参っているような人はいないように見受けられる。もしかすると夏バテか何か患っているのだろうか。目の前を元気に駆け抜けていく、俺とは対照的な数名を眺めながらそう思った。
「見上さん、体の具合でも悪いのですか?」
「いや、暑さでへばった。ほら、日頃勉強ばっかりしてるから体が弱っちゃったんだよ」
「はあ、そうですか。何か冷たいものでもどうですか? かき氷とか」
「うん、食べる食べる。俺、ブルーハワイね。ミルク付きで」
 成美に持って来て貰ったかき氷を口に含みながら、またしばらくボーッと海と浜辺を見詰める。体が全体的に気怠くて未だ動かす気にはなれなかった。デートや遠出の予定の前日に張り切っていたものの、当日になって途中から無性に怠くなって来る事は前々からよくある。気抜けしたのか単に体力が続かないだけなのか、どちらにしても大概少し休めば治るものだから、俺はさほど気には留めなかった。
 休憩組も一人また一人と浜辺に飛び出し、やがて残ったのは俺と成美だけになった。成美は氷イチゴを俺よりも更にゆっくりとしたペースで頬張っている。盛んに食べるには口が小さいからだろう。何と無くそう思った。
「成美ちゃんは遊ばないの?」
「私、日差しが苦手なんです。もう少し落ち着かないときつくて」
「ふうん、肌白いもんなあ。そうだオイルは塗った? 隅々まで塗ってあげるよ」
「遠慮します。それに、もう日焼け止めを塗っていますので」
「それって、半日ごとに塗り直さないと効果ないんだよ。だから塗ってあげよう」
「ホント、見上さんはいつも楽しそうですね」
 成美が半ば呆れたように笑う。怒られるよりも少し深く傷付く反応である。やはりネタが繰り返しばかりで飽きられているのか。そう思った。
「そういえば、菊本先輩はどうしたんでしょうか?」
「ああ、なんか向こうまで泳ぐって。付き合いわりーの。あれっていつもなの?」
「ええ。菊本さんはあまり一緒に遊んだりすることは無くて」
「ま、ビーチバレーでキャッキャやる顔じゃないよな」
 お互いまさかの菊本の姿を想像し、顔を見合わせひとしきり笑う。やはり良くも悪くも古風で頑固な菊本には、軟派な姿はあまりに似合わない。キャラクターというものがあるが、菊本は少々あくが強いのだ。
「でも、見上さん。あまり菊本さんには当たらないで下さいね。ちょっと真面目過ぎるだけなんですから」
「突っ掛かって来るのはあっちなんだけどね。でも、別に嫌いって訳でもないよ?」
「えっ?」
 成美がさも意外そうに驚きの声を上げる。
「もしかして、嫌ってるって思った?」
「ええ……はい」
「苦手っちゃ苦手だけどさ。わざわざ無理に嫌っても仕方ないでしょ。学校いる間は嫌でも毎日顔を合わせるんだし。ま、のらりくらりやるだけだよ」
「見上さんて優しいんですね。キャンプの時もそうですけど」
「嫌だなあ、俺は基本的に優しいよ? もっとも、むさいのより可愛い子にはもっと優しいけど」
 わざとらしくウィンクをして見せると、成美はくすりと微笑んだ。俺と菊本との関係は成美にとって懸念する所だったのだろう、それが単なる杞憂終わり一安心といった表情である。
 菊本は確かにあまり好きにはなれないタイプだが、今成美に言った事に虚偽は無い。わざわざ嫌うほどでもない訳ではなく、狭い集団生活に火種を持ち込んでも仕方ないという事だ。面倒な人間はいるが、そういう中で起こす不和は俺にしてみれば更に面倒な事なのだ。
「見上先輩、ちょっといいですかー!」
 ふと、砂浜の向こうから呼び声がかかる。そこではネットを張ってビーチバレーで賑わっていた。つい今しがた、菊本の事を想像していた所である。ついそれを思い出してしまい、吹き出しそうになる。
「お、どうかしたー?」
「人が足りないんです、暇だったら入って下さい!」
 ネットを境界にそれぞれ数えてみると、確かに左側の人数が三人も足りない。そもそも人数の割り振りが始めからおかしいんじゃないかと思ったが、どうやら体格やら性別やらで調整しているらしい。そんなに真剣勝負をしたいのか。だが呆れるよりも、むしろ闘争心が掻き立てられる。
「おーし、どこの命知らずだー? 日本代表の選考に漏れた俺に挑戦しようという奴は」
 俺はシャツを脱ぎ捨てると、早速会場に向かって駆け出した。