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 この歳になって冒険ごっことは恐れ入る。
 そんな皮肉の一つも言ってやりたかった。幽霊らしいものを見たから確かめに行こうなど、どう考えても来年に受験を控えた人間の会話とは思えない。肝試しというものは退屈しのぎにやる余興であって、真剣に取り組むものでは決して無いのだ。
 まさか本気で幽霊がいる前提で話をしているのだろうか?
 呆れながらも俺はヒロシの抱く幻想を壊しにかかった。
「あのな、幽霊なんて本当にいると思ってるのか?」
「なんだよ、もしかしたらいるかもしれないだろ。俺はちゃんと見たんだぞ」
「見たってただの光だろ。何か勘違いしただけだって」
「じゃあ幽霊じゃなきゃ何だってんだよ」
「単純に考えてさ、誰かが明かりを持って歩いてただけかもしれないだろ」
「誰があんな時間に墓場を歩くんだ? それはそれで変だろ」
「寺の和尚とか。自分とこの敷地なんだから歩いてたっておかしくない」
「もういいジジイだぞ。あんな足場の悪いところ、夜中歩くか?」
「ボケて徘徊してるんだろ。ジジイだけに」
「そうかあ? 去年、うちの法事の時は別に普通だったぞ」
 寺の住職は俺も知っている。うちの墓もその墓地にあり、御盆の墓参りの時は必ず挨拶をしに行く。実際の歳は知らないが高齢であるのは明らかで、ちょっとした立ち話でも立ち続けるのが辛いほどである。去年見た時は喋りははっきりしていたが、そこから急速に痴呆が起こる事もあるかもしれない。高齢とはそういう年頃なのだ。
「他にも、近くにバッティングセンターあるだろ。そこの照明が偶然窓に当たったんじゃないのか?」
「見たのは夜中の二時過ぎだぞ。やってるかよ」
「丑三つ時とは出来過ぎだな。それに、確かあの墓場には街灯が幾つか立ってたはずだ。その光とも考えられる。そうそう、墓地の近くに一車線の狭い道路と駐車場があっただろ? ああいう所に夜中どこかの馬鹿が車で乗り付けたのかもな。最悪、時間が時間だけにお前の夢という事も無くは無いかもな」
 俺が次から次へと現実的な仮説を並べていると、次第にヒロシは口数が少なくなってきた。逐一反論出来るほど饒舌ではない事もあるが、こう幾つも否定的な仮説を出されて自分の見た事が疑わしくなってきたようだ。
「とにかく、幽霊なんてのはいないんだから、ゲームばっかしてないで少しは勉強しろよ。夏休み近いんだぞ。補習なんかやりたくないだろ」
「何だよ勉強勉強ってさ。別にテスト前の丸暗記で何とかなるっての」
「去年はならなかっただろ」
「うるせえな。第一さ、お前今色々言ったけどさ、全部予想の話じゃん。俺が見たものを本当に確かめた訳じゃないんだろ? だから俺は、それを確かめようってさっきから言ってんじゃん」
「はあ、正論だな」
「だろ? それにな、お前を誘ったのは友達だからってだけじゃないぞ。お前みたいに信じない人間も一緒に調べた方が、見たものの信憑性高くなるからだ」
「そうかそうか。まあ、お前なりに考えてるんだな」
 ヒロシの言っている事には一理ある。自分の目だけをそのまま信じず、特に自分と考え方の違う人間に意見を求めるのは正確性を決める意味でも有効な事だ。だが、今の返事は決してヒロシの思慮を評価した訳ではない。ここまで妄想如きに熱を上げてしまっては、ただ切々と物事の道理を語った所で何の意味もないと自分の中で結論付けたのだ。要するに諦めである。
「分かった分かった。そこまで言うなら相当本気なんだな。どうしても気になって仕方ないなら、一緒に調べようじゃないか」
「ホントか? いやあ、やっぱお前は話が分かるよ」
 こちらの急な態度の移り変わりなど気にも留めず、ヒロシは単純に満面の笑みを浮かべた。経緯はともかく、最終的に俺が同意してくれた事が単順に嬉しいらしい。この配慮や機微に欠ける性格こそ俺をいつも面倒ごとに巻き込む元凶だと思った。こちらは喜ばせるつもりは無いけれど、勝手に都合良く解釈する思考回路に何度騙された事か。
「ただし、調査はもう一度同じものが見えたらの話だ。二度目があったなら、次は俺も泊まり込んで一緒に見えるのを待つ。実際に現場まで行って調べるのは、その三度が見えてからだ。俺は夜の墓場なんて本当は行きたくなんか無いんだからな」
「分かってる分かってる。付き合わせて貰って悪いね。よし、そう決まったら今夜にでも準備するし親にも言っておくから、いつでもうち泊まりに来いよ」
「そうだな」
 俺の了承を取り付けたのだから大して考えていないだろうが、どうせ二度目は無い。たまたま綺麗に目に写った錯覚が何度も起こりはしないのだ。
 息巻くヒロシを横目に、そう俺は肩をすくめ小さく息を吐いた。