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 ヒロシの家は、例の寺からは見下ろす形になる小高い山の麓の一角にある。表から見る分にはさして変わりはないのだが家の裏側に回ると寺やその敷地内が嫌でも目に入り、墓地もまた例外ではない。ただ、その光景も幼い頃から通っている俺にとっては見慣れたもので、今となって特別何かを感じる事はなかった。
 ヒロシの部屋は相変わらずで、どこに何があるのか本人以外には分からない雑然とした状態だった。その中央にあるローテーブルの上を手早く片づけると、今し方受け取ってきた写真を全て並べ早速再検証を始める。
「これってストロボ使ってるんだよな?」
「ああ、多分。良く分からんが、シャッター押した時は光ってたし。でも連写出来ないんだよな。不良品かも」
「元々インスタントはストロボの充電に数秒かかるんだよ」
 写真をざっと眺めた所感としては、どれも今一つ輪郭のはっきりしていない夜景ばかりだった。だが朧気だがどの辺りを撮影したのかくらいは分かり、あれこれ難癖つける余地があるほど酷くもない。そんなものばかりであれば、夜の墓場を写した趣味の悪い素人写真で終わるのだったが。やはりまず初めに目に付くのは、ヒロシもしきりにアピールするフィルム順の中頃にある数枚の写真だ。
「これ、何だろうな」
「だから言っただろ、幽霊だって。俺が見たのはこれなんだ」
 俺が手に取って間近でじっくりと見たその写真は、他と同じ墓場の夜景だったが中央付近には暖色の光が写っていた。輪郭がぼやけているせいで縮尺は見当し難いが、おそらく人の半身ほど大きさだろう。何かの照明が写り込んだのか、ストロボの反射なのか。俺の常識からはそんな解答が浮かんで来る。しかし、この明かりには決定的な違和感があった。ただの楕円状の光なら俺の常識的な解答で決着だが、どういう訳か明かりの中心にはひしゃげた小さい穴が空いているのだ。それもただの穴ではなく、写真によって微妙に形が違っていたり、中には数までも違うものまであった。単なる照明なら、こんな模様が浮かび上がる事は考えにくい。この明かりは何かしら別の要因で出来たものになる。
「なあ、これって何か顔にも見えて来ないか?」
「確かに幽霊っぽく見えるけどさ、そもそも人間は点が三つ並んでれば顔に見えるもなんだよ」
「じゃあ、どうしたらこんな事が起こるんだよ。写真ごとに模様が違うってやっぱり変だろ」
「ひとまず、状況を整理しよう」
 俺はカバンからレポート用紙を一枚取り出すと、手早くそこにヒロシの家と墓地との略図を描いた。ヒロシの家から墓地まで、直線距離では五百メートルに少し足りない程度だろうか。だが実際に赴くには大分回り道をしなければならず、傾斜もあるせいで見た目には数字よりも遠い印象だ。インスタントカメラの有効撮影距離には幾分遠い。
「この写真は昨夜お前の部屋から撮影された訳だよな。状況はどんなだった?」
「そうだなあ。時間は午前二時半少し前くらい。俺はゲームしながらちらちら墓地の方を見てたんだ。で、ふと気が付いたらいつの間にか変な明かりが出ていてさ。それで慌ててカメラで撮ったんだ」
「部屋の電気は?」
「消してた。夜更かししてるのバレたくないからな」
「そうなると、部屋の明かりはテレビぐらいか」
 今度はヒロシの部屋の間取りを簡単に描いてみた。主な家具の位置関係を何度か確認し、墓地との方角も実際に近づけるべく窓際から確かめつつ若干の修正を加える。
「テレビの光が窓に反射して、それを撮影したという可能性は? 外が暗いと、光の形も細かく写るぞ」
「いや、窓は開けて撮ったんだ。こうやって手を伸ばしてさ、少しでも近くで写るように」
「だからピントがボケてるのか」
 窓を開けて撮影したのならテレビの映り込みは無いだろう。それに、本当にテレビの光であればもっと沢山写っているはずだ。この写真の光はテレビのそれに比べてあまりに弱い。ぼやけていたとしてももっと光量はあっていいはずだ。
「という事は、少なくとも部屋から出た光の反射では無いな」
「だろ? 絶対おかしいよな」
「墓地にある光源、か。何かあったっけ? それも夜中に点いたり消えたりするような」
 光の正体はこの部屋以外に存在する。そうなると話は厄介になってくる。ヒロシはこれでますます正体は幽霊であるという確信を持ってしまっただろう。中途半端な理由では言い包める事は出来なくなる。そして納得するまでヒロシの暴走は続くだろうし、必然と巻き込まれる俺もろくに勉強が出来なくなる。
 問題は逸早く解決しなければならない。火事と同様に初期消火が重要なのだ。
「とりあえず、もしかしたら今夜も出るかもしれないから、今度は俺も泊まって一緒に確かめよう」
「おっ、そう来なくちゃ。じゃあ早速準備しないと」
「俺は一度家に戻って双眼鏡持って来る。目で見るよりも何か分かるかもしれない」
「それならついでに何かゲーム持って来いよ」
「アホか。あと必要なのは勉強道具だ。試験近いのに遊んでられるか。名目はお前の試験対策にするからな」
 相変わらずいい気なものだと、露骨に勉強という単語に拒絶反応を見せるヒロシに眉をひそめた。
 しかし、こういうテスト前の遊びで泊り込みなどは今日限りの暴挙だ。ヒロシには悪いが、この騒動の決着はあっさり付けさせて貰う。幽霊だの心霊現象だの、そんなものは所詮ただの思い込みに過ぎないのだ。それよりも俺は試験結果の方が遙かに恐ろしい。