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 放課後、早速俺達は墓地へと向かった。
 田舎町の墓地など御盆以外で訪れる人は無く、案の定自分の他に人影は全く見当たらなかった。無論、その方がこちらにとって都合がいい。子供が墓地で幽霊の調査などと、どう考えても家族学校に通報となるだけだからだ。
 寺には神社のような鳥居は無いものの、敷地内をぐるりと囲む瓦屋根の塀と正面には見上げるほど高い大きな門が構えられている。門の左右端の壁はガラス張りになっていて、中を覗くと風神雷神像がそれぞれ奉られている。今となっては薄汚れているだけの古臭い代物だが、かつてはそれなりに見栄えのする場所だった事が想像できる。
 門は基本的にシーズン以外は閉まったままで、ここから中へ入ることは出来ない。それは想定通りの事で、俺達は裏手にある自動車用の出入り口へ向かった。こちらからは敷地内へ続いている割に門などの面倒が無く、本堂からも目に付き難いので楽に中へ入ることが出来るのだ。
 駐車場への通路を経由し、墓地へ足を踏み入れる。この寺は小高い丘の上に建てられ、墓地は山肌に段々に削り設けられている。通路が行き着く先の駐車場は中腹にあるため、俺達は入り口付近で山道へ抜けた。
 今日は良く晴れた日ではあるのだが、湿ったイメージ通り墓地の土はやけにぬかるんで靴に張り付いてくる。確か墓にあるものをみだりに持ち出すと霊が付いてくるなんて迷信があったが、土までカウントされるならとても付き合いきれない、などと戯けた事を思い浮かべた。
「なあ、あの場所ってどこら辺かな?」
「まず先に、お前の部屋が見える所を探そう。お前の部屋から見えるのならこっちからも見えるんだから」
 ヒロシが火の玉を、俺が人間を目撃した場所を求め、墓地を散策する。普段見慣れていないせいか、墓地はどこも同じように見えて自分の現在地が分からなくなりそうになる。特徴のある墓を目印にすればある程度把握は出来るが、これがもしも夜となれば一度迷ったら最後だろう。幽霊を信じない主義でも、夜の墓場で一晩過ごすなど悪趣味以外の何物でもない。
「あ、俺の部屋見つけたぞ。そうなると、もしかしてここら辺じゃないか?」
「そのようだ。丁度向こう側に水汲み場もあるようだし」
「お前が昨夜見つけたって奴が座ってた所だろ」
「ああ」
 程なく俺達は問題の現場を見つけ出した。さすがに日も出ている時間帯のため、昨夜のような不気味な雰囲気は一切感じられない。ただ、一年に一度程度しか行かないような場所に、幽霊探しなどという目的でやってきている現状に俺は違和感を覚えて仕方なかった。この、軽く見渡しただけでも相当数ある墓石一つ一つの下に幾つもの骨が埋葬されているのだ。そもそも非科学的な興味本位などでおいそれと来て良い場所ではない。
 長居をするのは躊躇われる場所ではあるが、曖昧なままにしておいては勉強が手につきそうにない。ひとまず俺は何か手がかりになるようなものは無いかと付近を調べ始めた。ヒロシも同じく何やら調べているが、幽霊肯定派の目で幽霊を否定する手がかりが見つかるとは思えない。ヒロシには何も期待せず、俺は自分の視点だけで調査を進める。
 日常に馴染みの無い墓地ではあったが、少し周っただけで分かったのはさほど面白みも無く閑散としているという事だけだった。人が埋葬されている所なのだから変にけばけばしく飾られているはずもなく、墓地として必要最低限のものがあるだけである。周囲にも特別火の玉や動く人間と見間違えそうな物も見当たらず、本当に想像した通りの墓地の風景である。何かしら手がかりがあるはずだとやっては来たものの、この様子では無駄足に終わりそうである。しかし、俺にとっては想定内の事であるためさほど落胆はしなかった。それより気になるのは、ヒロシが朝に言っていた心当たりの方だからだ。
 俺は朝のヒロシの言葉が気になっていた。俺が目撃した人間に心当たりがある。それは一体誰で、何故心当たりになったのか、その経緯が知りたかった。そもそも火の玉を見たとか言い出した時も、心当たりになるような人間がいるなら真っ先にそれを疑うのが自然のはず。つまり、ヒロシの言動に若干の不一致があると俺は疑っているのだ。そして、その不一致が俺に普通に問い質す事を躊躇わせている。
「ヒロシ、寺には住職以外に誰か住んでるのか?」
「誰もいないと思ったけどな。何で?」
「いや、ほら、よく見て見ろよ。年寄り一人しかいない割に、この広い敷地、随分手入れが行き届いてないか?」
「まあ確かに。でもこういうのって、青年部の地域ボランティアとか居てやってるんじゃないのか?」
 そう言い、ヒロシはまたきょろきょろしながら周囲をうろつき始める。またいつものように何かに熱中しているのだろうが、どうにも俺にはそれが白々しく見えてならなかった。
 心当たりがあるから墓地に来ようと言ったのはヒロシの方だ。ならもう少し人物方面に疑いの目を向けるのが自然のはず。わざわざ俺を連れてきてまで心当たりと無関係な事をするのは一体どういう意図があるのだろう。それとも単に俺は無駄足を踏まされているだけなのか。
 やはりここはストレートに問い質してみるべきか。
 思い立った俺は調査を止めヒロシの方へ向き直る。だが、丁度その時だった。
「おい、お前ら。ここに何の用だ?」
 突然、男の不機嫌そうな声が聞こえて来た。