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 二人揃って、声の聞こえて来た方へ視線を向ける。俺達がいる段よりも更に一つ上の段、そこからこちらを見下ろす一人の男の姿があった。薄汚れた紺のジャージに軍手をはめ、頭には手ぬぐいを巻いている。体格は普通よりも大きめで背も高く、不機嫌そうな表情は無精髭のせいでより強く威圧感を感じさせる。
「裏道から入ってきたな。ここは遊び場じゃないんだぞ。何しに来た」
 男は体格に見合った大きな目でじっと俺達を交互に睨みつけてくる。咄嗟に言い訳の思いつかない俺はそのまま黙り込み立ち尽くしてしまう。しかし、
「あ、いや、その、うちの墓の墓参りに、ちょっと。なあ?」
 ヒロシは動揺も露わに見え透いた嘘を繰り出してしまった。その上、さも自分は間違っていないとばかりに俺に同意を求めてくる。こんな下手な芝居、騙されるにもかなりの無理がある。
「いいか、ここは亡くなった方々を葬る場所だ。遊び気分で来るんじゃない。さっさと帰れ!」
 案の定、男は怒りの表情で俺達を怒鳴りつけた。見た目の体格といいこの声の大きさといい、何かのスポーツでかなり体を鍛えていそうである。授業が終われば目的も無くぶらついている俺達とは根本的に生活が違う。
「おい、帰るぞ」
「え? ちょ、おい」
 俺はヒロシに有無を言わさず、すぐさまその場からヒロシを連れ出した。これ以上下手にヒロシに喋らせた所で男の機嫌が今より良くなる事は無い。学校へ電話されるよりも、素直に退散した方が賢い選択だ。
 あの男には最後まで見張られているかもしれないので、脇目も振らず真っ直ぐ来た道を戻り寺の敷地内から出た。出た後でようやく振り返り、あの男が見張っていないか確認してみたが姿は見つけられなかった。しかし見えないだけでどこからかこっそり覗いているかもしれず、そのまま戻らずにヒロシの家へと向かう事にする。さすがにああ凄まれた後ですぐに引き返せるほどの根性は持ち合わせていない。
「なあ、トウマ。実は今のが朝言った心当たりなんだよ」
「あれか。まあ確かに見慣れない顔だったな」
 道の途中、おもむろにヒロシがぽつりとそんな事を話してきた。調べきってもいないのに引き返した事が不満なのか、単純にあの男の凄みに負けたのか、普段よりも随分声のトーンが低い。
 昨夜俺が見た人影は後ろ姿だけで、はっきり見えた訳では無いから正確な比較にはならないが、今の男は少なくとも年代の雰囲気はよく似ている。おそらく、のレベルであれば結びつけてもよいレベルだろう。ただ、今自分が夜中に墓場をうろつくという気味の悪い行動をする人物と顔を合わせてきたという事実には、背筋がぞっとするような嫌悪感がこみ上げてくる。その上で、尚も男が墓場で何をしているのか気になって仕方がない事に、俺は苦笑よりは幾分深刻な心境だった。我ながら随分と悪趣味だと、溜息すら漏れてくる。
「それで、何で最初に言わなかったんだ? 明らかに怪しいよな、あいつ」
「だってさ……見ただろ? あれはさすがにおっかないじゃんか。お前に断られたら一人で行けないって。俺きっと殺されるかも」
 俺が、近所の怖いおじさんが嫌だから友人を一人で行かせるような人間だなんて、随分と低く見られていたものだ。確かに怖かったのは認めるが、幾ら何でも殺されはしないだろうし、何もそれだけの理由で一人行かせるほど薄情ではない。いや、逆に一番やってはいけない事がヒロシの単独行動なのだから、むしろ全力で阻止するところである。
「それでさ。あれ、誰だ? 寺男って奴か?」
「住職の孫だって、うちの親が言ってた。住職が歳を取ったから、東京から戻ってきたとか。でもさ、みんな実際見るのは初めてなんだよな。あんなでかい孫がいるなんて、誰も知らなかったんだと。どうやら昔、住職とケンカ別れしてたらしいけど」
「という事は、老い先長そうにない住職の遺産を少しでも貰おうって腹だな」
「だよなあ、うん。普通に考えてそうだろうさ」
 となると、俺の見た徘徊風景はもしかすると何らかの事故を装った工作をしていたのか、という見方も出てくる。何にせよ、あの住職の孫が非常に怪しいという事に違いはない。一体何の目的で寺に戻ってきたのか、まず住職の年齢だけではないだろう。俺が明らかにしなければならない事ではないが、さすがに捨て置くことも出来ないだろう。一応の気には留めるべきか。
 そういえば、ヒロシは今も火の玉を肯定しているのだろうか? 人間の心当たりを上げて俺を連れて来たのなら、もう火の玉など信じていないように思う。けれど、火の玉は火の玉でそれらしい写真が存在している。ヒロシはもしかすると、そんな事はもう念頭には無いのかもしれない。