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「とりあえず、ここで一旦整理しよう」
 時刻はまだ夕暮れに差し掛かったほど。帰宅するには早く、俺達はヒロシの部屋でこれまでの出来事の総括を始めた。初め、ヒロシの寝言と思っていた事が予想以上に大きく膨れ上がり、一体どんな状況にあるのか自分でも分かり難くなってきたからだ。
「まず、ヒロシが寺で見たのは火の玉だったな」
「そうそう、こんくらいの赤い奴ね。何か人の顔みたいなの」
「それで、俺が見たのはあの住職の孫らしい人影だった。じゃあ、火の玉と何か関係が? お前、その線を疑ってたから、今日墓地に行こうって言ったんだよな」
「そうさ。でも夜中に墓地うろついてたんだろ? じゃあ懐中電灯か何かだろうな」
 あの明かりの正体は懐中電灯。縮尺や光度を検証しないと何とも言えないが、キャンプ用の照明あたりなら案外近いのではないかと思える。当たらずとも遠からず。ヒロシのその意見はいたって正常ではある。しかし俺は逆に違和感を覚えた。ヒロシはこれまで随分幽霊説を強く推していたのに、急に脈絡もなくそれを否定してしまうのは不自然に思える。
 単に人並みの良識に目覚めただけなのか。それなら指摘してやらない事の方が優しさだろうし、あえて指摘する理由もない。
「じゃあ住職の孫は、夜中の墓地で何をしていたのだろう?」
「そこだよな、やっぱ。怪し過ぎるぜ、絶対」
 夜中の墓地を手元の明かりだけを頼りに散策するなど、怪しさを通り越してもはや怪談の世界である。幽霊の存在を信じようが信じまいが、特別な理由でも無い限りそんな行動を起こす意味は無い。逆に言えば、そこには相当日常からかけ離れた理由が潜んでいる事に繋がってくる。
「墓泥棒じゃね? 昔、そういうのってあったんだろ」
「ああいうのは、墓に宝飾品を入れる習慣があるところだけだ。最近の日本じゃまず無いさ。墓の引き出しだって、蝋燭とかそんなのしか入れてないだろ」
 それに、墓地を利用する規約で貴金属を納めてはならないと定められているという話を聞いたことがある。厳密に調べている訳ではないだろうからゼロとは言わないまでも、そんな僅かな可能性にかけるくらいなら、鍵をかけ忘れた民家を探す方が遙かに早いし上がりも確実だろう。
「なら、住職を亡き者にするための何か工作してるとか? ケンカ別れした孫が突然帰ってきたんだから、結構ありそうだぜ」
「そうだろうけど、わざわざあんな夜中にやるか? 日中だってあんな人気が無いのに。あの時間にあそこにいたのは、あの時間で無ければいけない理由があるはずなんだ」
「夜中である必要があるのなら、何かヤバイ取引をしてるとか。それこそ人目を避けるだろうし」
「ヤバイって何が?」
「麻薬とか拳銃とか臓器とか」
「有り得ないとまではいかないが……そういうのってさ、万が一警察に張られた時の事を考えて逃走しやすい場所を選ぶんじゃないのか?」
「じゃああれだ、あれ。夜になるとゾンビが墓から出てくるから仏法で退治してるんだ」
「日本は火葬だろ。もう少し真面目に考えろ」
 ヒロシは不満そうに口を尖らせため息をつく。俺もまた肩を落とし軽く目をこすり深呼吸する。
 もっともらしい意見は出ていないものの、確かに意見は煮詰まってきている。というより、あまりに特異な状況だから選択肢がさほど浮かんで来ないのだ。
 百聞は一見にしかず。
 不意に俺の頭にそんな格言が過ぎった。ヒロシでもあるまい、そんな危険な行為に及ぶほど果たして自分はこの件に入れ込んでいるだろうか? すぐに否定的な疑問が後追いする。しかし、その常識的な判断では何も解決しない事は火を見るより明らかである。多少では済まないほどの冒険を敢行しなければ、この異常事態を解明するのは困難だ。
「やはり、一度夜に行かなきゃ駄目か……な?」
「やっぱそうなるよな……うん」
 お互い、明らかに気の進まない様子である。けれど、それが最も確実である事もお互い認識している。選択肢は二つしか無いのだ。やるか、忘れるか、だ。
「人間も怖いけどさ、マジで幽霊だったらどうする?」
「ま、考えてみれば、火の玉って有り得ないんだよな」
「なんで? 幽霊の存在は証明されていないから有り得ないって言うのか?」
「いや、単純にさ、死体から出る燐って簡単に燃えたりしないんだよ。だから必然的に火の玉は選択肢から外れる」
「本当にヤバイ時は?」
「物理的に何かされる事さ。幽霊と違って人間はちゃんと実在しているからな」
「やっぱ痛いのは危ないよな」
「そうだな。状況が状況だけに、何をされるか分からないしな」
 会話の空気が異常に重い。核心を言葉にする事を避けるあまり、明らかにお互い無理のある会話をしている。しかしこの重苦しさこそ、俺達にとっては暗黙の了解でもある。明るく笑って、君子危うきに近寄らず、と早く諦めれば済む話なのだ。だからこんな会話をしている時点で、次の行動は決まっている。