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 やはり、事が事だけに早急に行動を起こすのは好ましくない。その一点については、俺とヒロシの意見が一致した。
 まず何をどうするのか、根本となる目的を決める事から俺達は始めた。最も不可解なのは住職の孫の行動である。一体何のために戻ってきて、夜中の墓地で何をしているのか。訊ねた所で答えが得られるはずもないのだから、特に後者に関しては直接現場を押さえる他にはない。無論、事と次第にも因るだろうが、こちらに直接的な危害が及ぶ危険も十分にある。それを考慮して計画を立てなければ取り返しのつかない事にもなりかねない。
 まず、前提条件として必要になるのが敷地内の見取り図だ。特に重要なのが、いざという時の逃走経路の確保である。墓地は四方を高い塀に囲まれているのだから、闇雲に逃げても袋小路に追い詰められるだけである。そうならないための経路は、どうしても幾つか必要だ。
 経路の次は、具体的な道具類だ。必要性を感じるものは、思い浮かべるだけ挙げてはきりがないほどある。だが、最低限のものだけに絞らなければフットワークに影響する。何でも持てば良い訳ではない。そして、この候補には塩やら数珠やらといった幽霊退治の必須アイテムなどは一切存在しない。そんな冗談を飛ばせるような事ではない、と共通認識が深まっているためだろう。
 幽霊探検ごっこが、いつの間にか緊迫した本当の意味での探検になってしまった。結局ヒロシにはまたしても流されてしまったが、もうここまで首を突っ込んでしまったのなら、途中で投げ出す訳にもいかない。毒を食らわば皿までだ。テスト勉強をしなければならないのに手を着けていない状況には、気分が悪くなるほどの危機感がある。けれど、そんな状況にもかかわらず最後までやり遂げたいと思考するのは、きっと長年ヒロシに振り回され続けた悪影響だろう。
 寺の見取り図は手に入らなかったが、ただのイラストよりは詳細に描かれた墓地の案内用パンフレットの存在を知り、それで退路は幾つか見当する事が出来た。
 必要な道具はシンプルに三点に絞った。あまり口径の広くない懐中電灯、証拠を残すためのインスタントカメラ、何か回収するものがあった時のビニール袋だ。
 あくまで調査が目的だから、計画は至って単純である。前回と同じ経路で敷地内へ潜入し、一番下の正門まで下ってから塀沿いに再び登り最初の地点へ戻る。途中、住職の孫と遭遇したり何かを発見した時は、離脱を最優先にしつつ出来る限り証拠を確保、それぞれ別ルートで避難した後にヒロシの家ではなく近所の公園で合流する。そして最も重要なのが、お互いがお互いを見捨てないという結束だ。
 事前に敷地の外から見当していた全ての退路の出口の確認も行った。公園までの道程は今更確認する事でもないが、念のため行った。懐中電灯の電池も新品に入れ替えた。カメラも封を切ったばかりのものを一枚だけ試し撮りし動作を確認、ビニール袋も大中小の三種をそれぞれ三枚ずつ、これで大概の物は持ち帰れる。
 準備には、これ以上無いほど入念かつ慎重さを心がけた。不測の事態が起こってしまった場合、初めからこうしておけば良かったと後悔が無いように、というのが建前だが、単にここまでしておかなければ実行が不安で不安で仕方ないというのが本音である。止める理由が沢山あるというのに、どうしても止められない。この状況が怪談の流行るのと同じ理屈のように思えた。
 一日以上準備に時間をかけ、計画も特に想定外の状況に対応できるように綿密に練り上げた。特に住職の孫に見つかり身の危険が迫ったケースは幾つも想定した。おそらく、よほど常識から逸脱した事が起こりでもしない限りは何があっても対応出来るだろう。仮に全く想定もしていなかった事が起きてしまったら、その時は逃げの一手だ。そして見聞きした事をただ忘れてしまうようにするだけである。
 いよいよ週末、天気も良い事もあって、遂に俺達は夜の墓地へ繰り出す決心を固めた。その日に限って何かが起こったり起こらなかったりするかもしれないだろうし、また俺も一度きりで解明するとは思っていない。ただ、何も起こらない保証も無いのだ。だから心構えだけは、予め何かが起こる前提で決めておく。身の安全が第一、決して互いを見捨てない、これまでの入念な準備はこの二つに集約される。当日の行動はこれが全てだが、やはりどうしても僅かなりに沸き起こる、普段行ってはいけない場所へこっそり踏み込むという事には好奇心がざわついて仕方なかった。