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 月曜日、俺達は放課後になると早速寺へと向かった。ヒロシは朝から終始ぶつぶつと不満を口にしていたが、真っ向から反論するほど清廉潔白でもないため結局は渋々俺に従った。
 寺にはあの晩と同じく裏手にある駐車場出入り口から入っていった。敷地内では常に視界に墓石が入り、人影も少なくうすら寂しい風景ばかりが続く。よくこんな場所に興味本位だけで真夜中に入り込んだものだと、今更のように自らの軽率な行動にあきれる。
 以前はすぐに住職の孫に見つかったが、今日は外へ出ていないのか一向にその姿は見当たらなかった。その方がこちらとしても都合が良かった。ばったりはち合わせたりしたら、頭ごなしに怒鳴られ追い出されるのは目に見えているからだ。
 眼下には重く閉ざされた正門が見える。そこから伸びる砂利の多い石畳の道を辿っていくと、すぐ本堂の屋根を見つける事が出来た。首と顎が水平になるほど見上げなければいけないような高所にある訳ではないが、周囲が背の高い杉の木に囲まれているため地形が見難いのだ。
 数分も坂道を登ると本堂の入り口が見えてきた。そのすぐ隣には普段生活するための母屋がある。本堂とは廊下続きで、用事のある時だけ寺へ行けるような作りになっている。
「なあ……ホントに行くのか?」
「行くさ」
 この期に及んでまだぐずるヒロシを連れ、早速俺は玄関の呼び鈴を押した。住職が耳が遠いからだろうか、墓場中に響き渡りそうな大きなメロディが流れる。本当に留守でなければ出てくるだろう、うっかり聞き逃せば良いものをと願っているであろうヒロシの落胆が感じられた。
「はいっ!」
 メロディの終わり頃、家の中から聞き覚えのあるあの大声が大音量のメロディに負けず劣らずの返事をする。力強い足音で古めかしい家を揺らしながら玄関前までやってきて、戸を思い切り勢い良く開けた。
「はい、どちらさん―――ん?」
「どうも、こんにちは」
 玄関を開けるなり俺達を見た住職の孫は、露骨に眉を潜め厳めしい表情を浮かべた。確かに以前も勝手に墓場へやってきて怒鳴られはしたが、まだ要件も言っておらず言葉も交わしていない。それなのにこれほど歓迎しないと言いたげな表情を浮かべる裏には、俺達に対する嫌悪感すら窺えた。
「なんだ、またお前達か。今日は何しに来た」
「いえ、ちょっと土曜の夜の事で」
「夜の事だ?」
 住職の孫は当然思い当たる節があり、表情には更に苛立ちの色を濃く浮かべた。ヒロシはおずおずと後ろへ下がり、まるで俺を盾にするかのような位置取りをする。
「あの晩、墓地に入り込んでいたのは俺達なんです。御迷惑をおかけして申し訳ありません」
 そう淀みなく述べ頭を下げる。ヒロシも僅かに遅れそれに続いた。
 そんな俺達を住職の孫は、やはり訝しげに見ていた。自ら素直に申し出て謝る行動の裏に作為的なものを感じたのだろう。我ながら仰々しい振る舞いだと思っているだけに、住職の孫の反応は当然である。
「ふん、今日にでも名乗り出なきゃ警察に行ってるところだ。今回だけは見逃してやるから、今後はそういう下らん事は呉々もやめておく事だ。分かったならとっとと帰れ」
 そう吐き捨て、俺達を野良か何かのように追い払おうとする住職の孫。よほど怒鳴られるか拳骨でも貰うかと思ってしまうような相手だけに、拍子抜けする反応である。しかし俺は、その反応で自らの推測に更に確信を強くする。
「ところで何をしてたんですか?」
「何が」
「夜中、墓地で何を。俺達、それが気になってああいう事したんです。ほら、もしも不審者だったら警察を呼ばないと思って」
 警察という言葉に、露骨に面倒臭そうな表情を浮かべ小さく舌打ちする。まったく疚しい点がないのなら、こういう反応をするのはおかしい事だ。やはり自分の推測は全くの的外れではない。
 本来ならこちらが下手に出るべき立場なのだが、重ねて得られた確信が俺の気を大きくし立場が逆転したような錯覚を起こさせる。僅かだが弱味を見せた、少なくとも見当の付いている俺にはそう見えた。俺は多少は言葉を選びながらも、やや語気を強めて再度問いかける。
「正門の脇のところに勝手口ありますよね」
「それが何だ」
 住職の孫は苛立ちとは逆に口数が減り始めたように思った。俺と同じく言葉を選んでいるようだが、どれも綻びの原因になりそうで最低限のものだけに絞っているかのような印象だ。
「結構怖かったですよ?」
 その言葉の意味する所、珍しく勘の良いヒロシが背後で息を飲む。
 そして、
「何が」
「あれが」
「あれ、か」
 住職の孫の目の色が変わった。それは怒りというよりも苦笑に近い、一変して穏和な雰囲気のものだった。