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「おい、トウマ。謝りに来て何余計な事言ってんだよ」
 不意に背後からヒロシが声を潜めて俺の袖を引っ張ってきた。声はまるで隠し切れておらず、俺が住職の孫の逆鱗に触れやしないかという危機感がありありと浮かんでいる。
「大丈夫だ。そうでしょう? 大丈夫、誰にも話しませんよ」
「そうだな。そうして貰うと助かる」
 気まずそうに眉を潜めながらも口元には僅かに笑みをこぼしている住職の孫。俺もそれに続いて口元を綻ばす。
 その状況についていけないのはヒロシだけだった。俺達の様子が理解出来ず困惑し、俺の袖を掴んだまま二人を交互に見比べている。
「な、なあ、一体何の話をしてるんだ?」
「ネタ明かしだよ。特にお前にとっては」
「何のネタ明かしだ?」
「心霊写真だよ。お前が騒いでた火の玉の」
 しかしヒロシは小首を傾げるばかりで、未だ状況が理解出来てはいない様子だった。
「何言ってんだ。あれは本物だろ」
「違う、偽物だ。そもそも写真のなんか、火の玉にしようとしていたかも怪しいくらいだ」
「何か証拠でもあるのかよ」
「これから見せて貰うか?」
 そう言って住職の孫の方へ視線を向けると、自分が説明するのは面倒だと言わんばかりに顔をしかめられた。
「写真って昨夜のか?」
「いえ、こいつの家ってすぐそこなんです。で、こいつの部屋からある晩火の玉が見えたからって撮影した写真があって」
「夕べ見たと思うが、そんな遠くから見えるほど大きくはないぞ」
「行灯か何かだと思うんですよ。足下が全く見えないと危ないし」
「ああ、そう言えば灯りのテストはしたな」
 やっぱりそうだ、と俺は内心自分の推測が当たっていたことをほくそ笑んだ。
 この様子なら、後は仕掛けの説明ぐらいしか不明点はない。それよりも面倒なのはヒロシへの説明である。この会話の流れで理解出来ていないとなると、本当に一から順序立てて説明していくことになりそうである。俺もまた説明を面倒臭がる住職の孫と同じ表情になりそうだった。
「なあ、いい加減教えろよ」
「あのな、だから……いや、これはやっぱり当事者から説明して貰った方が。後々誤解があっても面倒ですから」
 そう言って俺は説明を完全に住職の孫の方へ投げた。露骨に迷惑そうな表情を浮かべ舌打ちと溜息を続けざまに放ったが、既にヒロシの視線はそちらに向いていて断れそうな雰囲気ではなかった。仕方ないとまた舌打ちと溜息を連続させヒロシの方を向く。
「いいか、ボウズ。お前らが見た奴はな、全部肝試しの仕込みだ」
「は? 肝試し?」
「そうだ。何年か前までやってたんだろ、夏祭りの催しで」
「そういえばそうだけど。でも、単に墓場を横切るだけで大したものじゃなかったな。それに最近は全然やってないし」
「だから、今年はわざわざこんな田舎まで戻ってきて盛り上げにやってきたんだよ。俺が、わざわざジジイに頼まれて」
 そう住職の孫は深い溜息をついた。
 先程から随分と溜息ばかりついているように思った。突き放すような口調から、あまり人と話すのは得意ではないのだろう、溜息はストレスを和らげるための癖なのかもしれない。
「住職は?」
「一緒に張り切って準備して、この間転んで足を捻って寝たきりだ。治るまでは俺は帰れなくなっちまった」
 自分なら大した事にはならないが、住職の年齢なら元々体も不自由だから生活には大きな支障を来たす。住職の孫が寺にずっといるのはそのためなのだろう。実は住職の財産を狙っているなどと仮説を立てたことが、今ではもう馬鹿らしくて仕方ない。殺人やら幽霊やら、そんな非日常的な事件は早々起こり得ない。娯楽を求めるように、そういう事が本当に起こって欲しいと願ってしまうのは人間の性だから仕方の無い事かも知れないが。
「あの、ちょっといいですか」
「何だ」
「肝試しの仕込みってのは分かりました。で、仕掛けを本番まで知られたくないから隠しておきたいって事ですよね。だから夜にこっそりやってたと」
「夜やるのは、安全確認の意味もあるがな」
「でも、あの勝手口の人形もそうですけど、ちょっと本格的過ぎないですか? あんまり強烈だと、子供のトラウマになりますよ」
「いいんだよ。それが目的だから」
「え?」
 意外な返答にヒロシは戸惑いを見せる。住職の孫はそれを説明するのは特に煩わしいらしく、ヒロシの顔を真っ向から見ながら舌打ちした。
「俺はな、ガキが大嫌いなんだよ。言う事は聞かない、人の仕事の邪魔をする、怒れば親が怒鳴り込んでくる、と面倒ばかりだ。言う事を聞かない悪ガキなんざ拳骨に限るんだが、今の時勢じゃそれもままならない。だがな、肝試しなら大丈夫だ。合法的に、嫌と言うほどガキを泣かせる事が出来る。ついでに、のこのこと着いて来たアホ親も泣けば御の字だ」
 つまり、肝試しを通じて自分の嫌いな人間にささやかな復讐をしてやろうと、そういう発想が今回のような状況を生み出した訳だ。
 大方推測はついていたものの、まさか動機がこんな大人気ないものだったとは。俺は失笑すら出て来なかった。大人が子供に本気で怒る訳にはいかない事情は分かるが、その鬱憤をこういう方向に向けなければならなかったのか、他にやりようがあったんじゃないかと思えてならない。もっとも、極普通に激情を発散するため犯罪に走るよりは遥かに健全なのだろうが。
「なんか……屈折してますね」
「うるさい! 終わったならとっとと帰れ!」