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 週明けの月曜日。最初の朝はどうしても眠気が先行するのだが、今日は特にその傾向が強かった。土曜日は結局あまり早く就寝せず、翌日は昼近くまで寝過ごしてしまったせいだろう。普段通り起きる事が出来ない習慣がついてしまったのだ。
 眠い目を擦りながら母親に急かされつつ、普段通り登校する。教室にはまだ人影は少なく、友達はみんな校庭へ出てドッジボールをしている。数名の女子がかしましく談笑にふけっているぐらいだ。
 僕はランドセルを置きながら彼女の姿を探した。彼女は相変わらず人の輪には加わっておらず、自分の席で一人授業用ではないノートを開いている。新聞記事のスクラップノートだろうか、確かめたいとも思ったが彼女の周りに誰もいない状況が異様に見え、僕はさも興味も無い素振りをしながら足早に校庭へ出ていった。
 その日の授業もいつも通り何ら変わりなく終えた。宿題を忘れ叱られる者もいれば、授業では真っ先に手を挙げる者、給食は誰よりも早く食べる者、先生がいない時に騒ぎ出す者、それを非難めいた強い口調で注意する者、何もかもがいつもの繰り返しである。そんな平凡さを退屈だと思った事はないし、むしろ何か変化する事の方が僕には苦痛だった。平和な日常に水を差すことは、自分が当事者であろうと無かろうとあっては欲しくない。実質的にも心情的にも憂いはあってはならないとさえ思う。だからだろう、人と接したがらないだけでも十分気にかかるような彼女が、非日常の塊を調べ上げて溜め込み、それを見た僕の反応を窺う様にいつも声を荒げてしまうのは。
 放課後になると、また先週と同様に他人行儀のまま彼女と共に学校を後にした。そのポーズは半ば暗黙の了解で、特に言葉を交わさずともお互いの意思が通じ合っているかのようだった。人知れず彼女に深入りしてしまったという思いはあったけれど、背にのしかかられたような苦痛は無い。
「土曜日は家に着いたの遅かった?」
「いつもよりはね」
「うち、たまたま親が二人とも帰ってきてさ。びっくりしたよ」
「河村君の所は共働きなの?」
「そう。家のローンがあるんだってさ」
 幾ら地価が安い田舎だからと言っても、父親は少し無理をしたんじゃないかと僕は思う。会社員には高嶺の花という時勢でもないが、それでも帰宅時間の慢性的な遅さを考えると仕事量は随分増やしたのではと勘ぐってしまう。小学校へ入りたての頃、自分の部屋が欲しいと事あるごとに駄々をこね続けていただけに、本来は子供が気に病むことではないかもしれないけれど、ほんの少し負い目に思う。
「新しい家なのね」
「まあね。そういえば、沢本さんとこは? 帰りはいつも早い?」
 何気なく自分がされたのと同じ意味で問いかける。しかし、何故か彼女は目を伏せ何も答えてくれなかった。呼びかけても明らかに答えを拒否するような素振りを続け、元々閉じられがちな口を更に固く閉ざしてしまう。仕方なく僕はそれ以上問うのを諦めた。
 今のはもしかして、訊いてはいけない事だったのだろうか? 両親の事を訊ねるのが口を閉ざし拒否するほど酷い質問だろうか?
 何か気に障ったのかと確認したかったが、あまりに唐突に口を閉ざしてしまった彼女の態度を考える限り、この話題に触れる事自体止めておいた方が良さそうである。
 普段からさほど軽くも無い空気が余計重くなってしまった。
 話題を変えるべく、僕の方から今日の事について話を振る。
「それで、今日はどこに行くの?」
「町民プール。場所、知ってる?」
「ああ、役場から少し離れた所でしょ。昔に何度か行ったなあ。今は市立の綺麗なのがあるからそっちに人が流れてるけど、まだやってるの? あそこは」
 彼女が今度は普段通りの受け答えをしてくれ、僕は心の中でそっと安堵する。しかしそんな心理を見透かされたくはないので、何も気づいていないかのように振る舞う。
「市立プールが出来た少し後に閉鎖されてるみたいよ。元々そういう予定みたいだったから」
「でも建物は残ってるよね。あ、もしかして登記が第三セクターに移って形式だけ営業中って事になってるのかな。それで仮事務所みたいな所が天下り先になってたりなんかして」
「私には難しいわ」
 小首を傾げ眉をひそめて見せる彼女。
 僕にも難しい。何せ、以前似たような場所の特集をテレビで見て、その時にコメンテーターの言っていた事をほぼそのまま引用しただけである。どの道、理解していて質問されても困るだけだ。
「それで、町民プールでは何かあったの?」
「子供が溺死したの。それも、まだ小学校へ入る前の」
「溺死、ね。監視員の体制以前に、そんな小さい子供を連れてくる方が問題だな」
「社説もそんな論調ばかりだったわ。でもね、最初は事件について一つ噂が頻繁に交わされていたの」
「噂?」
「被害者夫婦と、現場に居合わせていたある夫婦。お互いが近所同士で、日頃から折り合いが悪かったそうなの。だから、被害者夫婦の目を盗んでやったんじゃないかって誰かが言い始めた。勿論それは警察の耳にも入り、その夫婦は第一容疑者として扱われたわ」
「つまり?」
「これは殺人事件として捜査されていたの。当初はね」