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 彼女の行方は知れぬまま、時間は容赦なく過ぎて行く。
 彼女のいない日常に、誰もがいつの間にか順応していた。彼女の机はいつの間にか撤去され、下駄箱やロッカーの名札も剥がされる。まるで初めからそんな人間はいなかったかのように、少なくとも大人達は彼女の存在を封じ込めてしまいたいようだ。きっと彼女がいなくなった理由をソフトな表現で説明出来ないからだと思う。ただでさえ沢本家にまつわる噂話が絶えないのだから、下手に言い繕うより効果的だろう。
 結局僕は、最後まで真相を知る事も無く元の日常へ埋もれてしまった。あの日に起こった出来事を誰にも打ち明けていないのは変わらないが、僕が関係者の一人である事は時間と共に忘れ去られていった。ただ、突然彼女がいなくなり父親が逮捕された事実だけが一人歩きしている。
 小学校を卒業しても、沢本家にまつわる噂は時折耳にする。背が伸びるに連れ子供に対する大人の口は徐々に軽くなり、併せて耳にする噂も何かしら根拠があるらしい具体的なものへ変わっていった。
 彼女は隣町の橋の下で見つかったとか、森の中で一人木をかきむしっていたとか、父親の犯罪を密告し戸籍を変えたとか。
 遠縁の親戚に引き取られたとか、精神病院に閉じこめられたとか、犯罪に関わって海外へ逃亡したとか。
 母親は父親に保険金詐欺で殺されたとか、彼女にも多額の保険金がかかっていたとか、彼女は母親の連れ子で父親と血縁ではないとか。
 それらしい根拠があるにしても、結局は噂話である。不特定多数の興味や願望や憶測の産物でしかない。だから僕はあまり関心を持たなかった。内心、自分が黙り通したために解決せず半ば都市伝説化してしまったと危ぶみもする。でもその分、人の興味は一過性のものになるから、それはそれで良かったと思った。
 彼女が失踪した翌年から、差出人の無い絵葉書が決まってこの季節に僕へ届くようになった。それは小学校を卒業した今でも続いている。消印を見る限り、投函されたのはさほど遠い土地ではなさそうだが、住所が無くてはそれ以上調べる事は出来ない。
 この絵葉書は、彼女が僕に自分は無事だと知らせているのだと思う。僕に迷惑を掛けたから不安にさせない自分なりのけじめ、そう解釈している。僕はけじめよりも直接会って顔を見たかった。でも差出人を書いていないのは直接会いたくはないという意味に違いないから、僕は葉書を受け取って彼女が無事に暮らしている姿を想像するだけに留めた。
 あの日彼女は、あのまま自殺するつもりだったんじゃないかと思っていた。いや、事実そのつもりだったと思う。ただ、少なくともその理由は決して保険金の為ではなく、もっと人生に悲観した理由だろう。思い出せる彼女の口調の限りでは、そうとしか思えない。
 僕は、彼女にそれを思い留まらせたのは自分だと思っている。言うまでもなく結果論なのは分かってるし、彼女の気持ちは本人しか知らない事も理解している。ただその上で僕は、そう主張したかった。
 僕の説得が自殺を思い留まらせた。思い留まるよう口説き落とした。そうでなければ、僕は本当に何一つ彼女の力にはなってやれなかった事になってしまう。証明も出来ない成果を意地のために主張するのは惨めだけど、きっといつか彼女の口からそれを聞ける機会は来ると思う。それで僕の思い上がりと分かっても、それはそれで笑い飛ばせる気がしている。彼女を更生させる、という僕の決意の結果はそんなもので構わないのだ。
 ただ、一つだけ今でも疑問に思う事がある。彼女がくれた事件をスクラップしたノート、あのノートを最初から最後まで何度も読み返したけれど、図書室のベランダで起こった生徒の突き落とし事件についての記事は一切見当たらなかったのだ。その代わり一番最後のページにだけ走り書きが一つ、女生徒が男子生徒を殺す、とだけある。その心意が僕には分からなかった。
 あの時に話した事件が彼女の嘘だとしたら、それは一体何のためだったのだろうか? 何かを示唆するためのものだったのか?
 真相は彼女に聞かなければ分からない。彼女の考えていることは幾らでも想像は出来るけど、それは噂話と同じで真相には決して辿り着かない。彼女は僕に意見を求めるため、よく思わせぶりな言い回しで想像力をあおってきた。まさかノートはあの時の続きなのかとも思ったが、それこそが彼女の思惑通りになっているようにも思え、僕は彼女についてあれこれ想像する事はほとんどやめてしまった。ただ直接会って真相を聞き出すこと。僕が願うのはその一点である。
 もしかして彼女は、この嘘でばつが悪いから会おうとしないのだろうか?
 そんな脳天気な事を考えながら僕は、今年も同じように差出人の無い絵葉書が届くのを待ち続けた。