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 その後も恵悟とは特に変わり無く遊ぶ日々が続いた。しかし、またある日を境に恵悟が徐々に明るさを無くして行く事に気づいた。恵悟は何も言わないが、それは都会の学校へ行かなければいけない日が近づいているからなのだと僕は思った。思った上で僕は気づかない振りをした。本当は気遣いたいのだけれど、恵悟が自分から言い出さない以上は何となく言い出し辛いものがあった。
 そして、恵悟は再び都会へ行く事を僕に告げた。明日から一週間ほど、だが今回はもっと長くなるかもしれない。そう不安げに語った。僕もおぼろげにはその不安がどれだけのものかは感じ取っていた。そうでなければ、こんなぎりぎりまで黙っている理由は無いからだ。
 翌日からいつもの待ち合わせ場所に恵悟の姿は無かった。これから最低でも一週間は恵悟はここには来ない。僕は、今こそが術を練習するための好機だと思った。普段は一人で遊んでいる事になっているから、一人でこっそり練習しても誰も疑ったりはしない。そして、恵悟が戻って来るまでに、という時間の縛りが良い緊張感を持たせてくれる。そうでもなければ、無茶をやり切ろうという気持ちは続かない。
「ひとまず、どれから手をつけたものやら」
 まず僕は、この数日に家の蔵から持ち出していた数冊の書物を並べた。どれも古めかしく難しい言葉が表紙に書かれているものの、内容はざっと流し読んだ限りでは自分でも何とかなるような気がしたから手にしたものだ。
 今日はこの書物の中から覚える術を絞り込む事から始める。僕は木陰に腰を下ろし、書物を広げて黙々とその中身を追った。何となく読めそうだからと持ってきたのだけれど、確かに文字そのものは読めはするものの中身や表現にはなかなか理解が追い付かなかった。そもそも、稀代の天才と呼ばれた先祖の残した書物を自分のような子供が読んで理解しようとする事に無理がある。それを承知でしているのだから、一筋縄ではいかなくても当然の事だ。
 何が何でも解読して術を一つでも身に付けてやる。そう息巻く一方で、僕は今の自分を冷静に客観視もしていた。僕は恵悟に友達としてだけでなく尊敬もしている。だからここまで自分がするのは当たり前の事だと割り切っている。だが、自分が大変な深みにはまっている事も自覚していた。一族は人間と不必要に接してはならないという掟、みだりに術を口外してはいけない掟、僕はまさにそれを破り破るつもりでいるからだ。
 書物には実に様々な事が記されていたが、意外と術に関することが少ないような気がした。とある薬草と虫の干物を煎じる事で、ある種の効能が得られること。ある獣の骨をある薬湯と火で鍛える事で、ある特殊な刃物が出来ること。ある香木をある香を混ぜ合わせたもので更にいぶることで、ある能力が高められるらしいこと。直接術とは関係が無いかもしれないが、僕は術を一から覚えるよりも現実的なんじゃないかと思った。術は練習や資質に影響されるけれど、薬や道具なら個々のそれは問われないからだ。
 後は、どんな効果のあるもので、それが自分に集められる材料で作れるのか。その選択だ。
 どんなものを作れば恵悟を助けられるのか。力を強くするもの、足を速くするもの、痛みを感じなくするもの、集中力を高めるもの。数えていたらキリがないほどある。中には良くないものもあるし、使った時に副作用があるものもある。一体どれが恵悟に合っているのか、恵悟の気持ちを汲み取ることが一番大事だ。あの時の言葉、もう行きたくない、と言った恵悟の気持ちを慎重に探らなければいけない。