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 恵悟と作り始めた僕達の秘密基地は、一週間ほどでそれなりの形になった。暖炉の周りを柊の枝を集めてすっぽりと囲み、中に恵悟が持って来た茣蓙を敷き詰める。次は川の水を基地の中へ引っ張って来る仕組みを考えているところで、これは少し手の込んだものにしようとお互いに案を出しあっている所だ。
 基地の居心地は想像していたよりも遥かに良かった。特に恵悟の言い出した大きな灰色の岩を削って作った暖炉は、ほとんど恵悟が仕上げたようなものではあったが、うちの囲炉裏に当たるよりも遥かに暖かく、特に寒い日は家に帰りたくなくなるほどだった。水を汲めるようにすれば休憩にはもってこいの場所になるが、その次はきっと遊び場について悩む事になるだろう。この調子で次々と基地を拡張していけば、きっと春になる頃にはかなりのものが出来上がりそうである。
 その日は水場について色々と相談して夕日を迎えてしまった。どう貯めるとか使う事ばかり考えていたせいで、排水の事に後から気づいてしまってほとんどやり直しに近かった。続きは明日に持ち越し、今日はお互いうちで良い案を考える事になった。
「じゃあ僕はここいらで帰るよ。今日は早く帰らないといけないんだ」
「親の言う事をいちいち聞くなんて、小太郎は子供だなあ」
「僕だって色々気を使うんだよ。人間と遊んでる事がバレないようにしないといけないんだから」
「そういうのは僕も同じ、お互い様だね」
 そう言って苦笑いしながら、僕は恵悟より先に基地を後にし家路に付いた。
 里に着いたのは日が暮れるよりも少し前だった。途中急いだのでいつもより幾らかは早く着いたようである。
「おかえり。今日は早かったのね」
 うちに着くと母が出迎えてくれた。前掛けと襷掛けをしていて、如何にもこれから大仕事をするといった体だった。
「早く帰って来てって言ったじゃないか。父さんはまだ帰ってきてないの?」
「まだ長老の所よ。母さんもこれから行くから一緒に来なさい」
 今日は人間の町へ買い出しに行った一行が帰って来る日だ。また長老の屋敷で労いの宴会があるのだろう。父は買出しの一行の一人だし、母はそのお手伝いだろう。これもいつもの事であって、それに僕は付いていっても結局子供は迷惑にならないようにと隅へ除け者にされてしまうのもいつもの事だ。
 除け者にされるのはともかく、こういう寄り合いの時は美味しいものが食べられる。家で一人ぽつりと留守番している理由も無く、早速僕は母と長老の屋敷へと向かった。
 屋敷に着くと、門の前には一つうろうろと歩いている人影があった。それは僕も見知った屋敷の使用人で、普段とは違いどこか様子がおかしかった。いつものように僕を見ても朗らかな表情が浮かんで来ないのだ。
「ああ、吉浜の奥さん。小太郎君も。ちょっと大変なんですよ」
「どうかなさいました?」
「実は長老がお冠のようなんですよ。それで今、広間で買出しに行った皆さんと何やら篭っていまして」
「まあ、何かあったのかしら?」
「さあ、わしにはとんと。ただ、随分と剣呑な雰囲気でしたから、何か良からぬ事でもあったのではないかなと」
 そういう訳で今は母屋には近づかない方が良い。そうほのめかしながら使用人のおじいさんは僕達を離れの方へと案内した。
 長老は里で一番恐ろしい人だと、父や大人達は常々そう脅かすように話している。けれど、術の勉強をするようになった僕は直接長老と話をする機会が増えたのだが、その印象ではまるで正反対の実に優しい人だった。大人には厳しく子供には優しいというだけの事かもしれないが、何にせよあの温厚な長老が怒っているというのであれば只事ではない。何が起こったのか知りたい気もしたが、その程度の好奇心でわざわざ恐ろしい場所へ近づくつもりもさらさら無かった。
 離れの部屋には、里から集まったお手伝い役の人や御馳走を食べに来ただけの子供などが何人か待機していた。やはり皆、長老の様子が一段落つくのを待っているようだった。一様に不安げな様子なのは、どうしてこのような事態になり、今何を話し合われているのか、誰も知らないせいだろう。少なくとも僕の知っている限りでこんな事件は起こった事が無いが、この様子では他の大人達も同じようである。
 お茶を飲みながらしばらく離れで過ごしていると、やけに慌ただしい足音を立てながら別の使用人が飛び込んできた。それは里の中でも特に噂が好きらしいおばさんだった。
「ちょっと、みんな。大変だよ。凄い事が起こってるみたい」
 おばさんは息を切らせながら、何の脈絡もなくそう慌てふためいた。
「大変って、何があったんです?」
 別なもう一人が如何にも興味津々といった表情で訊ねた。
「さっきね、廊下を通っていたらえらい剣幕で声が聞こえてきてさ。多分原沢のとこの旦那だと思うんだけど、他も随分ざわついててね」
「それで何を話していて?」
「それが、何でもね。人間の町で、不可解な事件が立て続けに起こっていて大変な騒ぎになっているらしいの。それも都会の方だっていうじゃない。新聞やらに書かれてるってよ」
「事件? 都会って、すぐ麓の町じゃなくて?」
「そうなのよ。それでね、長老がどうも買い出しに行った人達を問い質しているそうなんだけど。でも事件自体は随分前から起こっているらしいじゃない。それで、疑われるのは心外だとかで言い争ってるみたいなのよ」
 それはつまり、長老はその事件の原因が買い出しへ出掛けた一同の仕業だと疑っている、という事だろうか。盗み聞きするつもりはなくともああ大声で話されては聞こえないはずもなく、聞きながら僕はそんな事を思った。
 人間の町の情報など里にはほとんど入ってくる事はないから、そんな事件があったなんて初耳である。しかし、不可解な事件だからそれが即買い出しの一同へ繋げる、その根拠が僕には分からなかった。解決出来ない事件など、あんなに大勢いる人間の町では幾らでも起こるものではないのか。それがちょっと騒がれているだけで、一族に何の繋がりが出て来るのか。
 考えれば考えるほど合点のいかない話である。その事件とは一体どんなものなのか、何故長老は買い出し一向を疑うのか、もっと詳しい状況が知りたいと思う。けれど、大人だけで小さく集まって声を潜めて続きを始めたため、それ以上は分からなかった。
 その不可解な事件というものは都会で起こっていると言っていた。それも随分前かららしい。だったら、恵悟なら何か知っているかもしれない。明日、恵悟に訊いてみるとしよう。