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 僕と恵悟の繋がりだけでなく内情にまで言及され、すぐさまそれを否定する言葉を模索した。しかし咄嗟にその言葉が出て来なかった。どれだけ否定しようとも、ただ一点だけ、染みのように引っ掛かっている事があったからだ。
 最初に恵悟は、この山には天狗を探しに来たと言っていたが、何故探しているかまでを僕は訊ねなかった。時間が経つ内に忘れてしまっていたけれど、確かに恵悟のような人間の子供が一人でこんな山に入って来る事は非常に不自然である。ままならない理由があって探しに来たのだろうけれど、果たしてその理由が何なのか。
 状況が、長老の憶測を証明しかけている。そう思うと気持ちが焦った。あの時に僕が訊ねなかった事が、長老の突飛な想像を否定出来ない材料になってしまっているのだ。そしてそれはそのまま、恵悟への不信感へと繋がって行く。
「あの……長老は、都会の町で起こってる事件が恵悟の仕業だと思っているのでしょうか」
「お主の家の蔵の雑誌を読んだか。確かにあれは、わしが小五郎に命じて集めさせたものじゃ」
「それでは、これと恵悟を繋いだ理由は何なのですか?」
 すると、後ろで父がざわめき立とうとしたのを感じた。僕が、口が過ぎている、そう言いたげに思える。
「小太郎や、随分とむきになっておるな。それほど友人が大事か?」
「……初めての友達ですから」
「それが人間だとしてもか?」
「確かにそうです。けれど、人間でも僕達と変わらぬ姿をし、同じ言葉を考えます。僕はあまり関係ないとも思っています」
 自分でも大胆過ぎる言葉だと思った。しかし恵悟のためならばと思えば、躊躇う理由は無い。自分が申し開き出来ない立場になってしまったなら、言い訳は見苦しくなり長老の印象を悪くしてしまう。下手に言いくるめようとして後味を悪くするよりはずっと良い。
「小太郎、お前は幾つになる?」
「次の秋で十になります」
「まだそれだけだったかのう。小太郎や、お主は普通の童より早熟で頭が良い。術の覚えも良く、目上の者への気遣いも欠かした事がない。本当に昔の五郎太によう似ておる。それだけに無念でならぬ」
 長老は、幼なじみだったという僕の祖父である五郎太と僕が、顔以外は似ていると良く語る。それはいつも思い出話と一緒で懐かしそうな笑みを交えて語っていた。けれど今の話し方は普段とは違い、どこか悲しげな様子だった。今まであえて僕には避けてきた話をする、そんな予感がした。
「おい、誰かおらぬか」
 長老の声にすぐさま屋敷のお手伝いさんが現れ、長老はお茶を持って来るようにいいつける。それから傍らの煙草箪笥に手を伸ばしてキセルを手繰り寄せ、口に一度くわえかけたものの、またすぐ何か思い直したのか火を点けずに元へ戻した。
 長老は少し落ち着きを無くしているように僕には見えた。生まれて初めて目にする事だと思う。子供の僕でもそう思うような、分かりやすい様だった。
「のう、小太郎や。お主の祖父、五郎太は何で死んだか知っておるか?」
「食あたりだと聞いています。生で貝を食べたと」
「それはな、わしが小五郎にそういう事にしておけと命じたのじゃ。里でこれを知っている者は極僅かしかおらぬ」
「じゃあ一体どうして死んだのでしょうか?」
「五郎太の奴はな、己で己を絶ったんじゃ。阿呆な事をしたものよのう」
 それは自殺という事なのか?
 僕はすぐさま背後の父を振り向き表情を窺った。父はそっと顔をうつむけたまま目を伏せていて、どんな顔をしているのかこちらからは分からなかった。けれど僕には、この反応だけで十分だった。だからあえて声をかける事もしなかった。
「あの……どうしてそんな事をしたのでしょうか?」
「さて。憶測なら幾らでも出来るが、わしにも何も語らず逝ってしまいよったからのう。だが、もしかするとお主なら分かるかも知れぬ」
「何故僕ならと?」
「五郎太の奴は、里の者に黙って人間と知り合っておったからじゃ」
「人間……の?」
「そうとも。そして五郎太はその人間に騙されての、術を盗られてしまいよった。それからすぐじゃったよ、五郎太の奴は走り書き一つ残して死におった」
「走り書きとは遺書でしょうか?」
「いや、違う。書いてあったのは五郎太の術じゃった。それも、まだ誰にも見せた事の無いようなものでの。わしに宛てられておった」
 祖父の五郎太は一族の中でも取り分け術に長けていたそうだった。しかし、そんな祖父と言えどもわざわざ遺書にまで書くだろうか? 術を里に残すためならば、家の蔵にあるように蔵書に起こすはず。長老にわざわざ宛てたという事は、それに何かしら意味があるのだろう。
「僕が祖父と同じ掟を破ったから、僕も同じ事をするとお考えなのですか? それで僕なら分かるかも知れないと?」
「老耄の取り越し苦労と思うか? だが、そのためにこそ五郎太はこの術を残したのだと、わしは思うておる」
「この術?」
 首を傾げる僕に、長老はそっと自分の目を二本指で指し示した。
「まっこと、酷な奴よ。わしに里を見張れと言うのだからのう。二度とこういう過ちが起こらぬよう、皆から嫌われるじじいになれとな」
 長老の目は何でも見通す千里眼である。そう言われているのは、里の中での噂話の一つだ。長老が物理的に知り得るはずのない事をたまにぴたりと言い当てるから、いつからかそういう噂が出来たのだと僕は思っていた。
「噂は本当だったのですね」
「まあ、そういう事じゃな。見ようと思えば大概の事は見れるが、小五郎が先程言った通り、里の事しか見てはおらぬがのう」
「僕は、様子が気に掛かっていたから見張っておられたのですね」
「それだけではない。お主は親友の孫じゃからのう、それとなく目は掛けたくなるものさ」
 そう見つめる長老の眼差しは、怒りとか悲しみとか懐かしみとか、実に色々なものが入り交じっていて一重には言い表せない形をしていた。
 その時僕は、何となく直感した。長老は僕と恵悟の事は前から知っていて、ずっと知らない振りを続けていたのではないか、と。