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「で、それとはまた別なんだけどさ。ちょっと大変な事になったんだ」
「大変なって?」
「僕達の事がばれたんだ。里の長老に」
 恵悟は一度まばたきをし、顔をややうつむけて一呼吸取る。それが恵悟の考え込む時の癖だと僕は知っている。
「ばれたって、一緒に遊んでた事が?」
「そう。だからね、もう恵悟と遊べないんだ」
「無視すりゃいいじゃん、そんなの」
「駄目なんだ。掟では禁止されてる事だから」
 でもさ、まだ方法はあるんだ。長老はどこもかしこも見渡せる訳じゃないから、ちょっと遊び場を変えれば済む事なんだ。
 そのことを切り出そうとした時だった。
「ふうん、まあいいけどね」
「いい? いいって?」
「だから、それならそれでしょうがないじゃんって事。だって、掟を破ったら小太郎が困るんだろ?」
 それは確かに恵悟の言う通りである。ではあるが、そのあまりに軽い返答が釈然としなかった。恵悟は僕とは違って、一緒に遊べなくなる事などさほど重要ではないと思っているように取れる。そんなに僕の存在は軽いのか。意外な恵悟の態度に僕は動揺する。
「しょうがないって、そんな言い方しないでよ」
「しょうがないものはしょうがないだろ。それに、これからはそうそう遊んでばかりもいられないんだ」
「どういう事?」
「もうすぐ四月、年度が変われば学年も変わる。いつまでも遊んでいられないんだよ。そろそろ勉強にも本腰入れないとね。術や神通力のじゃなくて、本業の方さ」
 そう笑う恵悟の言葉を、僕は初めて怖いと思った。そしてこの先の言葉にも不安が深く影を落とす。まるで世界ががらりと変わったかのようだ。
「じゃあ、もう都会に行っちゃうの?」
「そう。そろそろ向こうに戻ってさ、ちゃんと学校にも復帰するし。僕の生活も元通りにしないと」
「元通りって、そんなの嫌だよ! 今更都会に戻らなくたっていいでしょ!?」
「何だよ急に」
「だってさ……そうだ、前に言ってたじゃないか。都会の学校に嫌な奴らがいるって。そんな所に戻らなくたっていいじゃん!」
「ああ、そんな事も言ってたっけ。でも、それはもういいんだ」
「もういい?」
「みんないなくなったからだよ。都合良く、そいつら全員。おかげで平和だったよ、向こうにいる間は」
 不意に、家の蔵で読んだあの雑誌の特集が頭を過ぎる。あの事件の被害者は皆、同じ学校で同じ組の関係者だった。いずれも不可解な死に方をしていて、未だに犯人も見つかってはいない。そればかりか、つい先日にも新しい被害者が出たばかりだ。
 まさか、と僕は唾を飲んだ。恵悟の時折飛ばす質の悪い冗談とも取れる。
 踏み込まなければいけない。そう僕は思った。これはこのままにしたら、ますます疑惑の塊になって悩まされる事になる。それに、長老が知りたいのはこういう事なのだと思うのだ。
「まあ、そういう事だからさ。なに、夏休みの時ぐらいは来るよ。その時にゆっくり遊べばいいさ」
「だってそんなの、もう随分先の話じゃないか。そんなに待てないよ」
「子供だなあ、小太郎は。聞き分けろよ、少しは」
 もう何度も言われたその言葉。もはや聞き飽きて、適当に流すばかりだったはずなのだけれど。それが今ばかりは、どういう訳か心の深くの敏感な所にぐさりと突き刺さるような感触を覚えた。
「だって、そのまま二度と戻って来ないかもしれないじゃないか」
「大丈夫だって、信じろよ」
「それに、まだ貸したままの教本もある」
「今度持って来るよ。忘れてきたんだ」
「後さ、あの石、本当に悪い事に使ってないよね?」
「何でさ」
「不安なんだよ、何か恵悟は人が変わっていうか、前と違う所があるから」
「あのさ、小太郎。さっきからもしかして僕のこと、疑ってるの?」
「いや、そうじゃなくてさ」
「友達だよね? 天狗の一族って友達疑ったりするの?」
 天狗の一族、と強調されたのは初めてだと思う。それが思わぬ距離を感じさせる。疑っている、それはどれについて指して言っているのか。それを訊ねようとした時、僕は躊躇してしまった。それを訊ねてしまうと、この距離が二度と戻らなくなってしまうような気がしたからだ。
「いや、その、そういう話を大人がしてたんだよ。だから訊いてみただけ」
「本当に? 大人の言う事の方を信じてるんじゃないの?」
「まさか。恵悟と遊ぶな、なんて言う大人の言う事なんか聞かないよ」
「なるほど、一理あるな」
 おどけた口調で答えるものの、恵悟の表情は硬いままだった。
 どうすればいいのだろうか。あまり言葉を多く知らない僕は、うまく続けられる言葉が見つけられなかった。多分、僕が何を言っても恵悟を苛つかせてしまう。言い繕えないのなら、下手な事は言わない方がいい。でもそれでは恵悟から肝心の言葉が聞き出せない。まだはっきりと面と向かった真剣な言葉を聞いていないのだ。恵悟が僕との約束を破っていないという一言を。
 言葉が見つけられない僕は、そのまま自然と黙り込んでしまった。この沈黙の空気があまりに重く、今にもこの場から逃げ出したいとさえ思う。けれど、今逃げてしまえば尚更状況が悪くなる。意を決して話すべきかどうか、悩みに悩んだ。その悩んでいる姿が恵悟に悟られているのも分かっていたけれど、どうにも取り繕えなかった。
 そんな時だった。
「やっぱりさ、疑ってるんじゃない? 僕のこと」
「え、何が?」
「約束守ってないんじゃないかってこと」
 急に恵悟の方から口を開く。けれどその口調は僕に突っかかって来るようで、思わず身構えてしまう。
「そんなに気になるならさ、向こうでどうしてたか教えようか? あの石とかさ、一緒に覚えた術の事とか」
 じろりと睨みつけられ、有無を言わさぬその圧力に僕は反射的に頷いてしまった。
 ともかく、恵悟の方から話してくれるのであれば都合がいい。下手に恵悟の機嫌を損ねずに済む。だけど、その前に一つついた当て付けがましい溜息が気になって、僕の不安感は一向に消えてくれなかった。