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 久しぶりに二人で秘密基地へとやって来る。冬の間も毎日のように手入れをしているので、雪に潰されたり柱が腐ったりしているような部分は一つもない。
「これさ、雪が溶けたら建て直してみるか。今度は本格的に木を切ってさ」
「僕は大工みたいな事は出来ないよ」
「なに、何とかなるって。術もあるんだし。僕だってあれから結構うまくなったんだぜ」
 そう得意げに語る恵悟だったが、その様子を察するに、僕達の事が里の大人に全てばれてしまったと言ったのをすっかり忘れてしまっているように感じた。それとも、本当に大した事ではないと思っているのだろうか。この、時折見せる恵悟のいい加減さは、むしろ僕との事を軽く見ている本音の表れではないのか。今となってはいちいちそう悲観的に思い返すばかりだった。
「しかし、どうせ何かでっかいの作るのなら、庭とか欲しいよね。それと、麓まで楽に行き来出来るように舗装道路も」
「道ならあるじゃない」
「ああいうのは道とは言わないんだよ。ちゃんと自動車が走れるような道じゃないと」
 いつもと変わらない、僕達の交わす会話と遊びの風景。だけど今日ばかりは異常な状況と感じていた。恵悟への気持ちが純粋な友情だけでは無くなった事もある。恵悟の僕に対する気持ちが随分と希薄なものだと知った事もある。恵悟が僕との約束を破り、その挙句には人を殺していた事実を知った事もある。その上、恵悟はそれを悪怯れもせずに僕へ語った。恵悟と知り合う前の僕ならば、きっとこう評するだろう。何て人間は野蛮なのだ、やはり関わり合いになるべきではない、と。でも僕は、その野蛮人と上辺だけでも友達として続けている。目的があるからとは言え、これほど気持ちと行動が矛盾する状況は生まれて初めてで、自分の言動が単純に嘘の内に括れない事に覚える違和感が拭えなかった。
 長老は僕に事態の収拾を望んでいる。長老はどうすれば最良なのかも教えてくれた。しかし、それが僕に出来るのか。そして、何故それ以外の方法を取る余地まで与えられたのか。結論は早く出さなければいけないのに、僕は未だ悩んでいた。でも、実際の所で長老が言う様にする他に何も見つかっていない。だからこそ、やはり長老に従うのが一番良いのでは、そう僕は思い始めている。何よりそれを後押ししているのは、約束を破ったのに破っていないと平然と言い切る恵悟の態度だ。
「なあ、ところでさ」
「ん、何?」
「小太郎の一族ってさ、何でこんな山の中に隠れて住んでるんだ?」
「隠れてるって。そもそも、ここしか住む所が無いからじゃないかな」
「そうじゃなくてさ。こんな術があるんだよ? 普通はもっと表舞台に出るもんじゃないか?」
「表舞台って?」
「歴史の表舞台さ。だってそうだろ? 今の時代は明治に比べて格段に科学も進歩してるんだよ。にも関わらず、その科学が手も足も出ない事が出来てしまうのが小太郎の一族の術じゃないか。これがあれば、もしかすると日本の一部だって切り取れるかもしれないよ。なんせ科学ではかなわない無敵の術なんだからね」
「僕には良く分からないよ」
「なんだよ、またそうやって。いいか、例えば幕末の頃には攘夷派が幅を利かせてただろ? そこに―――」
 僕が分からないのはそういう意味ではない。
 得意げに何かを解説する恵悟にそう伝えたかったけれど、僕は口を開く事が出来なかった。恵悟の話に割り込んでまで自分の意見を主張する、そんな事をする気力が湧いて来なかったのだ。
 恵悟の高説を半分に聞きながら、改めて恵悟は自分と根本的に考え方が違うのだと実感する。国を切り取るとか人を欺くとか、僕には全く興味が湧かないばかりか、
何故そんな事をするのか理由すら見出せない。そんな訳の分からない事に、一族の術を使うなんて。到底正しい事にも思えない事に躊躇無く使う事が出来る、そういう発想が当たり前に出せるのは普通ではない事だ。
 僕とほとんど外見は変わらないのに、物事の考え方は獣そのものである。意識すればするほど、より鮮明に僕の目には浮き彫りになってくる。次第にそれは、何も考えず疑わずただ長老の言った通りにすれば良い、という思いを強めていった。こんな馬鹿らしい事のためにわざわざ骨を折り四苦八苦する自分の姿が滑稽にすら見えてくる。果たして友達というものはそこまでして存続させなければならないものなのだろうか。そもそも恵悟の方からなおざりにしているというのに。
 やるしかない。
 まだ気持ちが全てそう決し切れた訳ではないけれど、それが結論という事にして散在した考えをまとめ、自分に言い聞かせる。それが決まれば、後はもう行動しかない。
 腹を括ると、不思議と頭が冴えてきた。次はどうするためにどう誘い込むのか、今までずっと悩みに悩んでいたそれもあっという間に名案が閃き、そこまでの道筋が立てられた。まるで恵悟のしている事と同じようだ、そう危惧するものの、自分は一族の掟のためにするのだと、その疑念は振り払った。
「ねえ、実は面白い所があるんだけど」
「面白い所?」
「ちょっとした度胸試しだよ」
 僕の口から度胸という言葉が出るのはそんなにおかしいのか、恵悟は少し怪訝そうな顔をして首を傾げた。
「何だよ、幽霊でも出るのか?」
「ううん。そういうのじゃないよ。怖いなら別にいいけど」
「そんな事は言ってないだろ。ほら、そこまで言うなら行こうぜ」
 そう言って恵悟はリュックを基地の中へ置くと早速出掛けようと捲し立ててきた。やはり恵悟はこういう挑発に黙っていられなかったようだ。いつもなら、それは僕に向かって言う言葉だし、僕は早々いきり立ったりはしないのだけれど。